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case.728

映画とお人形ばかりで恐縮です

2011,9,25 PM12

むうぅ、まただらついてきたな。

漫画買い込んできた上に風神録借りちゃったからなー。週末はアニメラッシュでもある。
というのを土曜に一気に消化しようとしたせいか、日曜は丸一日ぐったりしてしまったのだった。


/最近の読書。

GA文庫『Happy Death Day 自殺屋ヨミジと殺人鬼ドリアン』望公太

GA文庫彼と人喰いの日常』火海坂猫

直近の優秀賞受賞作と大賞奨励賞受賞作。
アタリかハズレかといえば限りなくハズレに近いアタリだった。
それぞれ不可はあるが諸事情により可、みたいな。趣味に合っただけである。

ヨミジとドリアンは自殺したい人の話。主人公は自殺をしたいのであって他意はない。意味は分からないかもしれないがこう言うしかない。あまり言うとこの作品の面白みが減る。思想書のようなもの、だが思想書ではない。内容は手前勝手な独白であり、しかもそうでなくてはならない。なぜかは読めばわかる(笑)。

一文目が《死のう。》なのだ。このひとことについての説明と裏づけに大半は明け暮れる。

念のため言っておくが文体は軽快だ。洒脱というほどウィットに富んでいないかもしれないが、自意識過剰な一人称がぶつくさ毒を垂れ流している、わけではないのであまり警戒しないでほしい。
とはいえ、半分ネタバレだが、主人公はこの作中においてカタルシス(改心)もカタストロフィ(絶望)も体現しない。つまりどういうことかというとそういうことだ。良識的な人は嫌な気分になる。ネタがネタだけに「まあフィクションだから」で割り切れないかもしれない。そういう意味では地雷だ。

正直俺も面白くはないな。interestingやfunnyではなくhappy的な意味合いで面白くない。負けた気分だよ。

彼と人喰いの〜は、結論から言えば続編次第だといったところ。
※下記しばらくネタバレ。あまり具体的ではないが作品の全体像について言及。

なんというか、設定上約束されたカタストロフにずるずると収まっていくだけだったので、こちらとしては不完全燃焼。あれだ、悲しい宿命を背負ってダークサイドに落ちちゃった敵キャラの過去編スピンオフ。あれと構造がまったく同じ。爆弾作るだけ作って捨ても炸裂させもせずに抱え続けることを選んじゃった、いわゆる核保有国止まりなので、続刊でちゃんとおっぱじめようとすればおっぱじめられるだろう。

ヒロインが(どうやら主人公も)チートなので、そこは上手く制御してくれないと面白くしづらい。というか続刊出ますよね?そんなに筆力のある作家ではなさそうなので、僭越ながら心配している。


/最近の漫画。

JETS-C『当て屋の椿 3〜5』川下寛次

UJ『ぎんぎつね 5』落合さより

DCA『異国迷路のクロワーゼ 1・2』武田日向

DCA『異国迷路のクロワーゼ 〜キャラクタートリビュート〜』作画・林雄一ほか


さっさと三月のライオンを大人買いしなくてはいけない。サークルのBOXに最新刊が置いてあったがやはり買って読みたい。


一冊紹介。クロワーゼについて語り出すと暴走できる自信があるので『当て屋の椿』。

あいかわらず綺麗でグロテスクな女体を描かれる。肉感が常にダイナミックだ。各部の主張のさせ方とか無茶なくらい煽情的なのにあんまり汚らしい意味でエロくはない。変な言い方だが妊婦の神秘性を垣間見る。私の守備範囲外というだけかもしれないが。

そして同じくらいゴア的な意味でグロい。結構容赦がない。もしこの作品のエロに肉欲的なエロを覚えさせる意図があるとすれば、グロはそれを(物理的に)へし折るべく描かれているのではないかと俗なことを考えてしまう。

ジャンルとしてはエログロだろうが、厳密にはエログロではないと思う。二つは別居していまいか。
総じていえば、柔らかく太い線でとても黒い絵を書く。人肌の色だけがとても白く浮かびあがる。なにやら生命のように神秘的だ。そしてやはりグロい。

内容は実にいたわしい。毎度毎度いたわしい。
なんというか、各編のゲストキャラにおいて「幸せになってほしい」人々が多すぎるのよな。ここあまり言うとネタバレになるんだが、もうあの人物にもあの人物にも、ああ幸せになってほしかったなあ、と常にしこりが残る。いいや、あれはあれで幸せだったのさ、と自分に言い聞かせないと前に進めない。
なんだかんだで救いを残してくれるから素直にコンチクショウとも思えます。蚕の家編、最後の猫の絵は、まっこと沁みた。

リアリティに関して結構批判があるようだが、私は日本の怪談話・昔話のようなテイストを大事にしているのではないかと思っている。怪談とは常に理不尽で然るべきものだ。
〝理屈〟を重んじるこの作品において、超常は御法度ではないかと思われるかもしれないが、たぶんそれは〝理屈〟違いだろう。この作品内で理屈として確固としていなくてはならない〝理屈〟は、おそらく人の魂、生き方、スタイルという、ただ一項だ。そして〝理屈〟はいわば〝常識〟ではない。むしろそれを捻じ曲げるために存在してはいまいか。

主人公たちが結構何もできなかったりするのが多い点も怪談じみてる。人間の起こす超常であるにもかかわらず受ける側の人間は非力、それが怪談。(最近こういうホラー減ったねえ、と関係のない愚痴)

謎解きミステリと怪談の融合とはそもそも歪だ。不条理が不条理でなかったと解き明かすのがミステリ(語弊があるが狭義のものとして判断してほしい)であるのに、不条理を語る怪談の成分を残してしまえるのかと疑問が生じる。そこはまあ漫画だから、とお決まりの口上で逃げおおせるのが妥当だろうが、少し格好をつけさせてもらえば、理屈ごときで空想は捻じ伏せられないからだ。ましていたわしいほどの〝理屈〟だけが織り成せる〝怪談〟が相手では。


一辺倒に小説を書いていると理屈に合わない不条理を無闇に排斥しがちなようだ。願いの先にある不条理をいつか表現してもいいじゃないか。と、かすかな嫉妬を見つけたりもしつつ。