case.728

映画とお人形ばかりで恐縮です

2012,1,3 AM4

同窓会へ送ってもらった車の中で。

親父「駅へ集まるの?」

俺「そう。〇〇駅」

親父「何人くらい?」

俺「……五人、ちょうど」

親父「へえ。まあそんなもんかもねえ」

俺「五人なんだ。いつもどおり」



新年早々、嘘をついた。



同窓Y「今日ここ来る前、Sの墓参り行ってきた。
   あいかわらず死んでたわ。
   死んでるかな〜、と思いながら行ったんやけど、
   やっぱり死んじょった。
   ま、しゃーないな」



こいつすげえな、と思った。



この年越し、かっこつけて喪に服していようかとも思っていた。

自殺されるってメンドウだ。素直に冥福を祈る気にもなれんし、あの世とか雲の上にあってもいいと思ってるけど、そこから見守ってくれてるとも思えない。守護霊とか絶対ない。

ドロップアウトしたから全部他人事になって、今頃俺らのことを指差して笑ってるにちがいねえ」とは茶化すけど、内心はとても空虚で。

怒る気にもなれない。

先を越されたなんて悔しがるのも、生きてるうちは自分に許されない。

寂寞だなあ。そう、ここにあるのはひたすら寂寞だ。

胸にぽっかり穴が開くなんて漫画や小説の表現だと思っていたけれど、

空いてるわ、穴。自分で何したってずっと埋まんない穴。なんとなくお腹のあたり。

みんなも空いてるんかな。俺ら五人の腹に、それぞれ、穴。ほら穴。俺は空いてる。

みんなも空いてるが、Yみたいに軽いタッチで撫でてみせれば、元々そういう形状だったみたいに思えてこなくもない。思うだけでなく、よりいっそう、自分への説得力を増やせる。
本来の形を忘れたくはない。けれど、そっちと差があるとかないとか、そんなことは小さなことだと考えるようにはできる。比べること自体が馬鹿げてると笑い飛ばせる。

悪いこっちゃないよ。故人以外の誰を気づかう必要があるのか。そして故人には、線香の一本でも立てときゃ、義理も一緒に立つだろ?それでじゅーぶん。ゼイタク言うな。

というアレで、


新年、あけましておめでとうございます。

2012年も、ノリが重いです(笑)。