case.728

映画とお人形ばかりで恐縮です

2012,4,4 PM10 【映画録『エンパイア・オブ・ザ・ウルフ』】

あれ、しまった、今日から履修登録だったか。


エンパイア・オブ・ザ・ウルフ [DVD]

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サスペンスはこう作れ。というタイトルで、脚本についての新書を出すとしたら、どこかの章でこの映画を紹介してもいいだろう。
序盤から二転三転する大筋は最後の最後まで映画そのものの実体を掴ませない。何層も重なった色の違うフィルムを一枚一枚剥いていくことで視聴者はようやくそれに到達する。当然ただ見ているだけでも時間は進み、物語は紐解かれていくが、一枚一枚のフィルムの色合いが濃くまた次に見える層が対照的であるため、しっかり瞬きをしてついていかなくてはあまりの目まぐるしさに目をこすり瞠目する羽目になるだろう。
冒頭はまさにサイコスリラー。エリートの妻は謎の病気で夫の顔だけが思い出せず、また時々不意に人の顔がズタズタになった化け物の顔に見えてしまう発作に思い悩んでいた。夫からは脳の検査を勧められるがなぜか頑なに拒む。また、勤め先に度々やってくるとある男性客に見覚えがあるような気がする…。
同じころ、町では三人の女性が殺されていた。女性は皆顔をズタズタに引き裂かれている。早々に迷宮入りと判断した捜査本部に納得がいかず、一人捜査に乗り出したのは普段から一匹狼を貫く若手刑事。彼は汚職で免職となった潜入捜査専門の元警察官を頼り、トルコ人街の闇へ身を投じていく…。
そう、最初から話の軸は二本用意されている。探偵サスペンスとサイコスリラー。この組み合わせは日本のホラー映画でもよく見られる。探偵側は普通に犯人を捜していたのに、その犯人が霊や呪いであったがために巻き込まれるパターンだ。だが、本作はその流れにも当てはまらない。刑事たちが追う事件と女の悩む記憶障害との接点が、中盤近くまでまるで見えてこないからだ。どころか、事件も記憶障害もそれぞれの軸で進む物語の目標に見えて実はブラフ、いや、重要ではあるが実は伏線に過ぎなかったりする。本当の物語は最初からすでに始まっていたにもかかわらず、後半になってようやく顔を見せ始めるのだ。そして先述の通り、全貌は最後の最後に明らかにされる。いや、終盤で明らかにされたと思った全貌がまだ一層のフィルム越しであったことを最後の最後で思い知らされるのだ。何より最初のサイコスリラーが、実はサスペンスの中核を担いながら、スリラーとしてカモフラージュされていた、その見事な手合いに驚かされることとなる。
アクションサスペンスだがフランス映画ということで、よくハリウッドの同ジャンルと比較されているようだが、なるほど確かにこのような自由かつ緻密な脚本はハリウッドではありえない。思想や価値観が目に見えずただ確かにある、それもいくつも並び立っているというフランス映画の特徴を忌憚なく持ち合わせながら、それをアクション要素のある脚本に当てて昇華させたことによりこの作品はサスペンスとして破格の完成度を得たのだろう。