case.728

映画とお人形ばかりで恐縮です

2012,7,25 PM6 【映画録『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』】

久々に。結局三本借りて一本しか観る暇なかったけど。とはいえ残り二つは何度も見てるやつなので問題ないと言えば問題ない。とりあえず未視聴の作品一本を視聴。

パーマネント野ばらと迷った。とにかくクヒオ大佐はもう観たし面白かったし、桐島部活〜の公開も近いからということで吉田大八監督のを一本。
この監督との出会いはまだ二度目だけれど、どうやら安定した作風をお持ちのようでなんというか心強い。慎重かつ大胆でいて、きわどくも粗暴なシュール。クヒオもそんな感じだったが腑抜けどもはよりその色が濃い。内容とかテーマ性とかまたクヒオほどではないのだけれど、手法においてはこだわりと挑戦的なものとが混成していて何やら一癖も二癖もある雰囲気に仕上がっているのが大変楽しかった。思えば終始スクリーンのこちら側でニヤニヤしていたように思う。最終的には内容ではなく手法による雰囲気そのものに出し抜かれて平伏した次第だ。実際には腹を抱えて笑い転げたので仰向けである。清々しいほどに悔しくてチクショウとも叫んだ。
いわゆるB級映画ではない作品において意図的にB級のような演出を使う手法は、近年非常によく見られるようになった手法だ。しばらく前に同様の手法で多かったのは作品の雰囲気をソフトにするものであり、概ねそれらの目的は低年齢層向けという意識に由来するものだったと考えられる。そういった作品内で度々見られるミスマッチ感を、あえて演出により作り出すことでギャグやコメディの用途となすようになったのが、邦画においてはごく最近のことである(アメリカ映画などには昔からあったように思う)。いわゆるシュールで片づけられてしまうこれらの手法は、主には雰囲気を攪拌し作品に一風変わった風を通すアクセントとして使われたり、その破壊力を存分に奮って作品の雰囲気をがらりと変えることもある。後者で印象的なものとして個人的には松本人志の『大日本人』が近い。ただしこれらは概ねシュールで片づけられるもののうちの笑いを誘うもの、すなわちギャグに傾いたものになるのが一般である(一部スベり芸等)。腑抜けどもも同様なのだが、それらとは絶妙なところで一線を画さんとしている。かの作品内に仕込まれているもの一つ一つを、私はシュールギャグと言ってしまうよりかはメタ的なブラックジョークだと捉える方が適切だと考えている。
空気を読むという言葉は一般化されて久しいが、映画や小説においてこれらは雰囲気を合わせる、雰囲気を損なわないようにし相乗効果をこそ求めていくこと、にあたるだろう。その逆にあたるのが、空気を壊す、になるわけだが、腑抜けどもの恐ろしいところはこの両者を両立させんとしているところにある。端的に言えばだ、どう考えても笑わせるような場面でない場面、笑わせてはいけないような場面に限って、ここぞとばかりに笑わせにくるのである。何を隠そう、その笑ってはいけない雰囲気を作り上げるのはアチラ側であり、しかも作り上げるにあたっては堅実なふりをしてコツコツと健気に石積みをしているのだからよりタチが悪い。大事な伏線、大事な場面、大事な台詞、なぜ…なぜ全部ギャグにしてしまうのか!憤って顔を上げてみるとなんとアチラ側はニヤニヤ笑ってコチラを見ているではないか。画面に目を戻すと何ごともなかったかのように元の様相で話が進んでいる。というか明らかにギャグのために張られていたと思っていた伏線があたかも心温まる要素であったかのように回収され始めている。もうこの時点で気づいているはずだ。はめられた、と。勘の鋭い人ならもっと悪いことにも気づくはずだ。しかし予期してもしなくてももう遅い。最後まで何度も雰囲気に出し抜かれ、延々出し抜かれ続ける。もちろん得られるものは敗北感以外の何ものでもない。だが、悔しさで構成されるそれは一抹の清々しさを孕んでいる。特にマゾヒズム的な快楽ではない。上手く絶頂に導かれてしまったことによる解放感。同時に手練手管を見せつけられたとあっては、嘆息せずにはいられない。満足した、堪能させられたと言う以外の選択肢がないのだ。それがまた悔しいのだが。
上で両立を図っていると言ったがまさしくそれに成功していると言っていい。雰囲気を読み、維持することで相乗させるべきところは堅実に行っていく(※ただし後々のための起爆剤を振りまきもする。そしてブラフも振りまく)。そして壊す必要のないところでバンバン壊す。パニックを起こす観客をしり目に何も壊していないかのように振る舞い、自らは尾を引かない(というか、実際演出によって雰囲気のみを破壊しているので、下地や本筋を見透かすと何も傷ついていないことに気づく。音と映像で爆発を体験させられたが実際は何も燃えていない状況と同じ。残像だ)。シュールの緩急、もしくはバランスというべきか。ひたすら計算の上で私たちに襲い掛かってくる、生かさず殺さずの波状攻撃。そう、タチの悪い攻撃なのだ。つかず離れず、逃さず懐に入れず、私たちが白旗を振るのを待ち続けている。無論低俗だとも。だがそんな批判こそ彼らからすればウェルカムかもしれない。

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