case.728

映画とお人形ばかりで恐縮です

2012,10,4 PM12 【映画録『十三人の刺客』】

十三人の刺客
日本映画(東宝)、2010
監督/三池崇史、脚本/天願大介

十三人の刺客 通常版 [DVD]

十三人の刺客 通常版 [DVD]

まばたきがログアウトしました。
比較的新しいもののうちで江戸時代・サムライ・チャンバラが観たい気分だが何かないか、ああ旧作になっている、結構テレビじゃ騒がれてたけどさてどんなもんかなとふたを開けてみればかーらーの、青天の霹靂である。監督・三池崇史という時点でまた何かやらかしてくれてるだろうとその手のワクワクはあったがそれを裏切ってまさかの本物。これが三池の本気だったのか的な本気本物を見せつけられ瞠目した次第である。
本作を観て特に思ったが、とかく三池はわかっている。エンタメというもの、アツイ展開、全く寒くない効果的な見せ方とは何なのかなど、とにかく“わかっている”というひとことの感想が表すように、常にこちらの期待を裏切らない。行ってしまえば当たり前のことをしているというだけなのだが、その当たり前をことごとく把握し実行し切る職人の現実において何と一握りであることか。
いや、セオリーをなぞることばかりを“わかっている”と評しているわけでもない。三池はエンタメ的なエッセンスとしての俗っぽさをも巧みに使いこなす。この“俗っぽい”と呼ばれる(時にあざといとも揶揄される)演出やら設定やらを織り込む際のバランス感覚の秀逸さは、もはや三池の専売特許かもしれない。“俗っぽい”だと言葉のニュアンスがマイナス寄りなので少し言い換えるが、それらはいわば真に迫るファンタジーだ。そういったものをほどよく、すなわち親しみを持てる者にとって大変心地よい塩梅で混ぜ込んでくる。ダルマに始まり殿の外道ぶり、獣じみた下郎の表現、果てはせっちんと、もうやっぱり俗っぽいどころかあざといぜ!というレベルのファンタジーが盛りだくさんなのだが、そのどれもが嫌いじゃない。どこから的確に好き者のツボを突いてくる。また、あからさまに媚びてくる浅ましさもないし、むしろ媚びていると言えばいい意味で観る者の気づきに頼りがちなのがなかなか悔しいくらいにいやらしい。そして、塩梅、バランス感覚と言い表せるように、徹底的に客へ寄り添う商売もしてはいないのだ。いくら存在感のあるキャラでも殺すときはサックリ殺して過剰な演出はせず陳腐に引っ張ることもしないし、汚すときは何もかもどろどろに汚す。ていうか山猿・小弥太(伊勢谷友介)などは最初から最後まで正直お前誰だと言いたくなる真っ黒メイクだし(三池の他作品を観れば特殊メイクバリバリでお前誰だと言いたくなるジョニデ顔負けのキャラはごまんといるが)、谷村も吹石も数少ない綺麗処なのに容赦なくお歯黒べったり白粉がっつりでこれまた誰だお前状態である。かと思えば序盤で負傷したキャラがなかなか死なずにしぶとく生きながらえて無双乱舞していたりもするのでこちとら全然気が抜けない。その結果のまばたきログアウト。客に対して付かず離れずと言った脚本と演出でもって三池は始終エンタメを執行していく。そもそもその客というのがただの大衆ではなくどうやら好き者のようだぞというのがとても憎めない限りだ。「ヒットしそうな映画ばかり作る傾向に逆らいたい」とは監督本人の本作に向けた言葉らしいが、決して広くはない層を狙ったという意味であればまさにやってくれている。そうだよ、俺もこういうのが観たかったんだ。三池さんはわかってるなあ。
キャスティングについてもその手の秀逸さを覚えずにはいられない。ちなみに私は役者を見るには時代劇がかなりのおあつらえ向きだと考えている。月代・髷で髪型による雰囲気補正はある意味凡庸化して抑制されるし、衣装も同形式ばかりになるところを着こなしだけでキャラ付けをしなくてはならない。なにより私にとって(私以外の日本人にとってはどれほどかはわからないが)時代劇の世界は一番抵抗がなく多くの現実味を持てる特殊なファンタジーだ。そこにある世界観へ入り込んで役に徹せているかどうかは、現実味がそもそもあるせいで自然体が演技にもなり得る現代や、価値観からまったく異なりズレた演技もズレているやらわかりにくいハイファンタジーやSF的世界が舞台の場合よりも時代劇の方がはるかに評価がしやすい。そこへ役所広司というのは、現代という舞台の方が似合うイメージがあるせいか、当初は時代劇とはあまりマッチしていないようにも思えたが、十三人もいるメインキャストの中で一人どっしりと構えて異彩を放つキャラとしては結果的にバッチリだった。魚釣りを例えに使うくだりも役所のあのキャラの口から出たからこその説得力だったようにも思う。柔和な顔の似合う役者というのがミスマッチ間の最大の要因だったのだが、結局いかつい顔もできるしすれば似合うのだ。少なくともあの声の深みはここぞというとき耳心地がいい。
対照的に山田孝之はまさにハマリ役だった。そもそもあの切れ長の目はじゃがいも黄門時代の助角を思い出すし、十三人の中ではほどよく若く、自分の境遇に少なからず不満を持っていて影のある感じもあの顔立ちにはストレートに似合う(ストレートだからこそ若さが際立つとも言える)。もう一人の若侍・小倉庄次郎(窪田正孝)よりは歳を食っており、しかし人を初めて斬ったところでは共に武者震いをしているという微妙な位置づけもキャラ的には美味しかったこともあり、山田の目力による存在感に他の何一つが食われてはいない。
そして主人公の一番弟子にして鉄人の平山九十郎役に伊原剛志たんを持ってきたのはもうよくぞやってくれたと言わざるを得ない。あのムキムキサンタンボディが力強くも荒削りでない鋭い太刀筋で侍たちを一刀のもとに切り伏せていく様は他のキャラと比べても迫力が段違いだったし、炎の向こうから吊り上った細い目で睨みあげてくる正面のカットには全米が濡れたことだろう。鬼がいた鬼が。
他にも、血みどろで立ち往生する沢村一樹やお前はセガールかみたいな修羅ぶる松方弘樹、弟子役窪田の絶句モノの死に様に菊千代インスパイアにも見えなくもない伊勢谷友介の緊張感ぶち壊し+「不死身かお前…」、そして外道・松平斉韶を演じた吾郎ちゃんの怪演に次ぐ怪演のオンパレード、忘れてはならない落合宿庄屋役の岸部一徳のこれまた“わかっている”使い方など、キャラ関連だけでも言いたいことは山ほどあるが、週頭から完全に死にっぱなしの今ここに終始していると冗談抜きで燃え尽きるのでこのへんで勘弁していただこう。なお、三池作品は今年6月に謎ミュージカル映画『愛と誠』が公開され、さらに早くも来月には『悪の教典』の封切りも控えている。


前観たときもそうだったが「ふーん……うん……えっ?」ポカーンてなる。え、ミュージカ……え?


ミステリホラーはかなり久々か三池監督。それにしても貴志祐介は最近どんどん有名になっていくなあ。
序章は見なくていいよねこれ。PVの時点で何かウンコだと思ったら監督違うし。きしょいカメラワークしおって。

来年は『藁の盾』である。まだエキストラを募集してる段階らしく情報はメインキャスト以外何も入ってこない。だが三池なら、三池ならと、とりあえず過信する価値がこの監督にはあるから困る。