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映画とお人形ばかりで恐縮です

2013,1,19 PM5 【2013初映画録『リトル・ランボーズ』】

幸先よろしいように良作から始めました。
心機一転の意味もかねて古い名作ではなく。でも結局旧作レンタルだったのはひみつ!


リトル・ランボーズ [DVD]

リトル・ランボーズ [DVD]

リトル・ランボーズ
原題:Son of Rambow
イギリス・フランス合作、2007年
監督・脚本/ガース・ジェニングス

2時間映画に慣れていると90分映画で物足りなく思うことも多いが、この作品に関してはそんなことはまったくなかったと言っていい。せいぜい体内時計が30分の不足を訴えてくるぐらいである。むしろもう30分眺め続けていたかったと言いたくなるような作品。

私の実家は無宗教のようのものだが、サブカル的なエンターテイメントについては妙に禁欲的な家だったと言えなくもない(他の家との比較ではない、あくまで主観的に見てだが)。保守的、と言い換えてもいい。両親がそういう方面に明るくなかったし、興味も薄い人たちだったからだろう。中でも映画は最上の贅沢品として、一年に一回怪獣映画を観させてもらえるかどうかといったところ。それもまた、子どもらしいという理由で看過されていたのと、父親が必要欲を満たすための申しわけとして宛がわれた機会だったように今では思える。

そんな環境から「自分で映画を観に行く」ことができる環境に移ったとき――正確には環境ではなく私が成長し周囲を見る目が変化したのだが――そのときから、映画に対する映画そのものを見据える知見に立っての憧れや執着が私の中に芽生えた。すでに子供らしさを排除したがる年齢であったがために、その気持ちが映画の再現をするという方向に働くことはなかったが、映画について多くを知り多くを見聞きし、またより映画を好きになりたいという能動性を奮い起こされたことで現在に至るまで映画好きを続けている。

本作のソン・オブ・ランボウことウィル少年(ビル・ミルナー)は、まさに子どもらしく映画の再現に熱意を爆発させているが、その根幹に流れているものはすべての前向きな映画好き人間たちの根幹にあるものと全く同じものだろう。結果が自己満足だろうが何だろうが、無邪気に映画を愛する心を起点として持つ者。本作は、本当の意味で映画好きと言え切れる、そういった者たちに贈りたい映画だ。また何よりウィルの映画愛爆発ぶりが映画好きには痛快であろう。先に映画の自主制作にのめり込んでいたはずのカーター(ウィル・ポールター)にCrazyと言わせた、まさに映画気違いとも呼べるその姿は、三船敏郎に本物の矢を射かけた黒澤監督を想起させられる。

ウィル少年にばかり目が行くがカーターの少年らしさもまたミモノである。中盤までは悪ぶった小物として大物ウィルの引き立て役のようだが、メタ的な見解であるはずのその事実に徐々に彼自身が追いつかれていく。環境からの理由づけや展開は短い映画なりにお定まりのものだが、思えば誰より凡才として等身大の少年を引き受けてくれているのが彼だ。悪ぶり、強がり、自分の小さな世界を守ろうとするいっぱしの男。彼の涙に子どもっぽさしか感じ取らないのなら、この素敵な映画の半分も楽しめはしないだろう。

確かにコミカルな描写も多くコメディチックな作品だ。それはそうとして楽しめる。だがその後ろに立つ切なさが、わずか90分のフィルムへ鮮明に落とし込まれている。主要な二人だけではない。男にかまけて海を渡ってしまった母を精神的な支えにすることをやめられず、鼻つまみ者たちとつるむことしかできないカーターの兄。夫を亡くし、介護が必要な母親を抱えて原理主義に縋っていたウィルの母親。一時の王様を気取れていたフランスからの留学生。誰しもが馬鹿馬鹿しく描かれながら、常に拭い切れない寂しさを内包している。果たしてコミカルなだけの雰囲気が醸し出されていようか。R指定(PG12)のため家族では観られないが浮ついたホームドラマではない、ライトではあるがこれは大人のための映画だ。

追記:レーディングの理由について。未成年がタバコを吸うシーンが多いのと、他に万引きに成功してお咎めなしなくだりがあります。思うにこのあたりが原因でしょう。知りたい方がいたようなので追記しておきます。(2013,2,25)