case.728

映画とお人形ばかりで恐縮です

2013,5,3 PM11 【映画録『エレファント』】

『エレファント』
原題:Elephant
アメリカ映画、2003年
監督・脚本/ガス・ヴァン・サント
(第56回カンヌ国際映画祭パルム・ドール賞&監督賞史上初同時受賞)


誰かと思ったら『パラノイド・パーク』の監督じゃないですか。そういえばこれでパルムドール取ったんだったねって観終わってから思い出した(笑)。ホームビデオみたく人物の歩くのについていくようにカメラ回すのとか、手法面で確かに既視感はあったのだけど。パラノイドは2007だし、もしや本作の後身と意識してもいいのかな。
アメリカ・コロラド州が1999年のコロンバイン高校銃乱射事件をモチーフにした本作。パルム・ドールにはありがちな、何の変哲もないといえば変哲のない、ただ日常が日常をやめた日を淡々と描いただけの作品。ただそれゆえに動かしがたさと、この異常の普遍性を訴えてくる。否、その本質は異常という見識の中にはあり得ないということを突きつけてくる。
コロンバインの事件はまだわかりやすい方だ。アメリカ式高校のジョックを一番上に置いた自然な階級制度。不遜と嗜虐に満ちた階級制が後に反発を生み戦争となった歴史を持ちながらこの旧来の因習を改めてこなかったのだから当たり前の結果だ、と皮肉を言うこともできる。しかし、思春期の人間が爆発するのにはそんな皮肉と照らし合わせられるわかりやすい不純燃料が必ずしも必要ではない。言い知れず根拠もない不安と鬱屈が常に反発の種を探している。わかりやすいものほど種にはなりやすいが、わかりにくかろうが種は作られるのだ。昨今、そのわかりやすい方の種を除去することにはどなた方もご執心らしいが、結局それを探す彼らの不安と鬱屈を取り除く方法は誰も見いだせていない。否、見出すことなど不可能だと薄々は感じているのだろう。そういうことまで踏まえて普遍で不可避であることを頭に入れておかなくては何も真摯ではないし、そういう真摯でなさは反発の種として暴き出されることも大人たちは肝に銘じておかなくてはならない。群盲象を評すということわざを監督はこの映画のタイトルの意味の一つとして込めたそうだが、誰しも群盲の一部から脱することはできないのだとも思うのである。だいたい、人の命は支えなしで尊厳を保てるほど尊くもないのだ。

おお。大急ぎで書いたがなんとか日をまたぐ前に書き切ったぞ。内容大丈夫かこれ?(笑)
とりあえず来週は後味の悪いと噂の作品からセブンをピックアップだ。まだ観てないけど。