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case.728

映画とお人形ばかりで恐縮です

2013,5,7 AM1

七津「おい、魔王。どうしたんだ?」
魔王「どうしただと?……呑気なこと言ってんじゃねえ、この死に急ぎ野郎がァ!!
てめえはガチの作家志望だから、いつでもクソニートになる覚悟はできてんだろうがよォ!
俺は明日初めての会社説明会なんだぞ!?」
七津「おちつけ!」
魔王「落ち着いて死にに行けっつうのか!」
七津「ちがうッ!
思い出せ!! 俺たちがコミュ障で悩んだ六年間を!」
魔王「……!?」
七津「六年間、俺たちは何度も死にかけた…
実際に死んだやつもいる。逃げ出したやつや、追い出されたやつも。
でも、俺たちは生き残った…そうだろ!?
明日だって、きっと生き残れる…!
明日生き残って、明後日娘のお迎え日を祝うんだろ!?」
魔王「〜〜〜〜ッ……クソッ!」(ベッドへ向かう)

<『進撃の巨人』アニメ版第五話「初陣」パロディ>


絶望感というよりは、刹那に近いスパンで非常に大きく落としてくるので喪失感がやばいですね、進撃の巨人
普通の絶望感なら大好物なのであの一話でオカン食った巨人と同じ顔になるものなんですが、喪失感だとホントに呆然となります。興奮ではなく憔悴するんですね。無論、それもまた心地よい疲れなのですが。

こうしていくうちにも時間は進んでいきます。設定された日時は迫ってきて、明後日の今ごろには完璧に過去になっている。逆に今一昨日を思い出してもみましょう。確かに過去となっているのがわかりますが、はたして三日前の時点では、今の一昨日が過去になるだなんて思っていたでしょうか。

卒論の発表会、サークルの新歓、大学の入学時期、センター試験、中学受験、全部いつの間にか過去ですね。そう、当時は寸前まで泣いたり笑ったりしていたのに今や過去なのです。そしてあのとき未来だった現在に私は無事に存在している。

未来は過去になるもの。過去になったものは、しょうがないと割り切れます。なら、未来だって「なるようになる」と割り切れるでしょう。

まあ、ちょっと昔はこの理論、なるようになるなら何もしなくていい、って悪い方向に考える言い訳に使ってましたけどね(笑)

やっちまっても過去になるんだから、とりあえずやっちまう方向でいい。準備も万端とは言えないまでもできるだけはやったし、あとは緊張するだけ無駄です。緊張と真っ向から戦えるほど私、強くありませんし。ちょっと狡い方がいい感じに「なるようになる」んですから。


土曜日は後輩たちとマチアソビに行ってきました。ジョジョの新作ゲーム体験したり、イベント見て回ったり。楽しかった以上に疲れたけど、遠出をすることについて効き目の短い慣れが得られた。いいタイミングで誘ってくれた後輩たちに感謝を。

寝て起きたら授業。ワンクッション置けることにも感謝したい。ついでに進撃のパロを思いついたことと、パロを思いつける回を見ておけた幸運にも♪