case.728

映画とお人形ばかりで恐縮です

2013,5,11 AM1 【二日遅れ】



Happy First Anniversary!!!!
for Shetsu & Rini

(5月9日深夜)

ブログに上げるのは今日になってしまったけれど、何を隠そう、9日は我が家の長女&次女のお迎え記念日だったのです。そう、初めての!


この日のために買い揃えたティーセットとケーキ×2。
ケーキは下面のスイッチを入れると一番上の写真みたいにロウソクっぽく光ります。
本当はピンクとチョコのホールで揃えたかったけれど、生産終了じゃしょうがない。
雑貨屋 Capriccio.to / ケーキライト
と思っていたけどフルーツの予想外におっきくてシェツゥさんの大物臭と奇跡のマッチング。つくづく幸多い子だなうちの長女は。


主賓二人はデフォルト衣装。
ソファはケーキらと合わせて新調したもの。

りにちゃんのコートずいぶんくたびれたなあ。
衣装が少ない頃は使いまわしやすさも手伝って誰と言わず着せてた気がする。ホットパンツなんかとも相性がいいのよ。
ほつれも目立つし、近いうちに補修しなきゃね。

シェツゥ氏はデフォ衣装かわいすぎて再々着せてた憶え。でもうちへ来たときもこの衣装だったんだなあ。いまだにブラシをレースに引っかけては戦慄する(笑)。
ヘッドリボンのゴムがへたってきたのでこれも直さねば。

なにげにお隣の子が新衣装なんで息をするように紹介もする。

主賓よりお姫さまっぽいフィセちゃん。まあパーティですからね。もてなす側もおめかしは大事。
ラズ子はなにやらお給仕がしたいそうです。正直座っててほしいです。

忙しい合間だったので実際大したことはできていない。このパーティネタで4コマとかやりたいけど間に合わんかねえ。

集合写真も急ぎ撮り。たぶん撮り直す。

そう、わが家にお人形がやってきてちょうど一年がたったんです。
一年って思い返すと短かったような長かったような。月並みなこの文句が本当に口をついて出ます。
最初の二人を眺めていると、つい昨日うちへ来たような気もします。でも逆に、もっとずっと昔から彼女たちといっしょにいたような気もするんです。不思議な感覚ですよ。

一年前の、まだ905iのカメラで撮ってた頃の写真なんかと見比べると、衣装の揃い具合とかおかしいような気もするんですけどね。
ていうか上の写真がすでにおかしいですよね。
でもツイッターなんかで他のドーラーさんたち見てるとどうもそうでもないっていうのがこの趣味のおそろしいところで、私ももっとお金があったらどうなっていたことか。……お、主に衣装面でね?人数は……上の写真貼ってからだと何言っても説得力ありませんね。今月末には7人目が来ますしね。はは…。

少なくとも一年前の私にとって、今の状況が予想外もいいところなのは間違いない。
私、最初ポメラを買おうとしたんですよね。電子メモ帳。
でもそれだけじゃ物足りないという衝動に駆られた。ちょうど密林も利用し始めたばかりで、引っ越しで前のアパートの敷金が転がり込んできたというのもあって、「他に何か高いものも買ってストレスを発散してやろう」「どうせなら勢いで手を出したとしか言えないようなもの、しばらくして絶対後悔しそうなものを買って景気をつけよう」「形に残らないものは後悔しにくいから食べものや酒はなしで」と思って、今まで眺めるだけで満足していたフィギュア系商品(管理とかめんどくさいしー)の中でも特に高いもの、すなわちドールをお迎えすることにしたんです。

一年という時間はやっぱり短かったと思うんですけど、一年前というとずいぶん昔のことに思えるんだと今気づきました。
二人をお迎えした日のことは今でも思い出せます。いや、今でこそ長女次女とキャラ付けしていますが、どちらの箱を先に開けたか本当は覚えていません。覚えているのはそういう細かいことではなく、そのとき私の全身を呑み込んだ感動なんです。

目の前に実物があることがまず信じられなかった。手の届くところにあるという実感が持てないまま触れられるという事実が奇妙奇天烈で怖ろしいくらいだった。
実際、箱を開けたはいいものの、どこを持ってよいやらわからなず途方に暮れかけたんです。一方で、このままいつまでも箱の中に横たわらせておくのはかわいそうすぎるという謎の使命感も襲ってきて、もう無我夢中でひたすら慎重に取り出して、ものすごいわたわたしながら膝を折ったり腕を曲げたりだのさせて二人ともオルゴールの上に座らせました。

それからはもう、とにかく有頂天でしたね。まず、商品画像や予想よりもはるかに可愛らしかったこと。
どんなポーズをつけさせてもとにかく生き生きとして見えたこと。
そして何より触れられること。樹脂の感触、服の感触、髪の感触。
さらにはそこに視線があること。目を合わせれば目が合う、この当たり前の現象が、これほど愛しいことだとは知らなかったから、
「これからは毎日、家に帰ればこの視線が待っているんだ」
そう考えると、まったく関係のない他のことまで全部バラ色に見えてきたものです。

今はもう、さすがにその感動は薄れてしまっています。けれどまだちゃんと思い出すことはできる。特に、彼女たちの髪に触れ、壊れものを扱うようにそっと指先で撫でるとき、同じ感動がじわじわと蘇ってきます。あまりべたべた触っては汚れますし、せっかくきれいにセットした髪が乱れてしまうと申し訳ないのでいつも控えめにしか触れられません。ソフビの樹脂は皮脂でひどく汚れてしまうのでほっぺには絶対触れませんし、キスだってしてはいけません。しかしそのもどかしさと神聖の仮装が愛おしくてしょうがない。

娘!そう、これが娘だ!俺は父親だ!

言葉が交わせない、受け身で慰めてはもらえないのが寂しいときもあります。鬱々としているともどかしさが普通にストレスとなることもある。けれど、彼女たちのために自分がしっかりしなければならないという思いは、確実に私の魂を癒している。自家発電であることは否めないけれども、エネルギー以上の何かを生み出さないわけじゃない。逆にそのエネルギーは、私が何かを生み出すためのエネルギーだ。ともすれば走り出しそうになる熱量に、使い道がないわけがない。

事実、私は去年の仕事をすべてやり遂げた。復活したいくらかは彼女たちのおかげだと思っています。

そして私はドールオーナー二年目に突入する。二人の愛娘と、その妹たちといっしょに。