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映画とお人形ばかりで恐縮です

2013,5,13 PM12 【映画録『探偵はBARにいる』】

探偵はBARにいる
東映、2011年
監督/橋本一、脚本/古沢良太&須藤泰司
原作/東直己『バーにかかってきた電話』

日曜日のTV放送で視聴。結構好評だとは聞いていたが本当にちゃんと面白かった。邦画はコメディカルならまだまだ観たいものが多い。
とはいえ本作は大部分が「なんちゃってハードボイルド」なコメディタッチではあるものの、厳密には「なんちゃってハードボイルドの皮を被ったハードボイルド映画」である。ハードボイルドっぽさを滑らせることでコメディ色を出してくるが、締めるところではきっちり滑っていないハードボイルドを出してくる。このバランスの軽妙さがなんともいえない。
ハードボイルドハードボイルドと連呼しているが、滑るハードボイルドとは何なのかというと、明らかに時代錯誤のヤクザ映画連発時代によくあったような刑事映画っぽさである。そういった映画がもはや古典と化した現代において、しかも大泉洋というまったくそういった映画に似合わなさそうな三枚目俳優を持ってきて、モンキーパンチのルパン三世のようなキャラクターを演じさせる。もうなんというか、いろんなものを勘違いして外しまくったような映画ができあがる。それをあえてそのままにすることで、一周まわってパロディチックなコメディとして完成させているのだ。さらに、それは実は観客を引き込み、その世界観を享受してもらうための糸口でしかなく、終盤には本物のハードボイルドが起き上がってくる。あたかものらりくらりジョークばかり飛ばして汚れ芸までやって見せていた老紳士が、一触即発の場になって初めて威風堂々と貫禄ある態度でもって場を収めてしまう、そういうようなギャップの魔力とまったくブレのない素敵さを見せつけてくるのだ。これで面白くないわけがない。
なんというか、やはり昨今一番受けの良い手法ではあるような気がする。個人的には漫画の『銀魂』が例に挙がる。最近のアニメなら『中二病でも恋がしたい』でもいい。本当の面白さはへヴィさの方にあるが、ついていくには抵抗があると不平を述べる輩は増えている。だが同じものを最初ライトに見せることで舞台を受け入れさせてしまえば、よほどの怠け者でない限りヘヴィな話に移行しても見入ってしまう。大事なのはそこで初志貫徹であること。古臭いハードボイルドを踏襲することから始めたのなら、古臭いハードボイルドに徹しなくてはならない。最初はそれをいじるように、徐々に真の意味で踏襲するように。そのセオリーを体現するかのごとく、本作は「和風ハードボイルド」を全くもってはずしていない。