case.728

映画とお人形ばかりで恐縮です

2013,7,16 PM8


1回目をやる前から2回目がどうのと言ってる馬鹿野郎たちがいた。
一次がなければ二次はないし、そもそも二次がなくてもいい話じゃないかと冷静に諭してもよかったが、二次なんて“絶対に”ないとのたまうクソガキに限ってはけちょんけちょんにするよりほかなかった。
単にお前らが面倒くさいだけだろと。

無理なことならできないし、単にやりたいからというだけでやるわけじゃない。
やる効用に期待があって、やらなければ永遠に失われるものが確かにある。
やりたいことを実行できる時期も限られているし、
それに、やらない効用なんて事なかれ以外の何ものでもない話なんだ。

結局、その男たちの主張もただの事なかれだった。
それも何かの破局を憂うわけでもない、みみっちい事なかれ。
やった結果の効用がたとえゼロでも、決してマイナスにならないことに欠片も気がついていない。
実行に伴う労力と時間?
何もしなければ、どうせぐずぐずして無為に使い潰すだけだろう。
そちらの方がよっぽど“絶対に”現実的な失敗だ。学生生活の失敗だ。

無論、全面支持できるほど完璧な企画ではない。
だがその不完全さのリスクは微々たるものだ。
だからこそ、事なかれ主義がみみっちい。
それは無意味どころか、人も自分もつまづかせる有害な完璧主義だ。こじらせた童貞のようだ。
完璧にできることだけやって、それ以外はどうなる?どうせ無為な時間に置換される。“絶対に”。典型的な学生生活の失敗例。

というかその男たちは、よくよく見直してみれば、同レベル未満の企画を自分たちで立てておいて、テコ入れのために人の手が入ったらそのまま投げっぱなしの人任せにして、現在進行形でただ結果を待つだけの状態だった。それで他人の企画には子供じみた完璧主義で口を出そうというのだ。
なんだ、ただのクズじゃあないか。

そんなくだらないことではらわたをボイルしながら、日々を過ごしている。たぶんこれも典型的な失敗例なんだろうが、得をするべき人に損をさせないくらいの効用になればいいと期待している。それで自分は徳か何かをちまちま積む。全部成功させることで、後ろ向きなやつを惨めな気持ちにさせたいと思うこともあるけれど、でも、結局そうやって下を眺めるのは趣味じゃなかった。溜飲を下げて喜ぶのは長く愉しめないんだ。そうじゃないってやつ多いけど、見るたび気の知れない下衆だと思い知らされるから、そりゃあ自分はそうありたくないってものだよ。