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case.728

映画とお人形ばかりで恐縮です

2013,9,11 PM6 【映画録6-A『ROBOT』『ビジター』『388』『隠された記憶』】

月一でやります!

と言っていた矢先ですが、

増 刊 号 です☆

お品書き

【映画録6-A】

  • ROBOT
  • ビジター
  • 388
  • 隠された記憶

【映画録6-B】


7本!!


いやはや、

九月に入る前に帰省を切り上げてはきたのですが、

ほとんど入れ違いのように帰ってきた弟が

TUSTAYAまでついてきて、オススメを教えてくれ、

自分もこっちの自宅近所のレンタル屋の品ぞろえの悪さに

泣きを見ていた作品を観たかったですし、

TUSTAYA安いですし、

乗せられるままに、気が付くと、

4日くらいのうちに、

10本近く視聴してしまっていました(汗
(前の映画録の『裏切りのサーカス』からの3本もその内です)


さらに、こちらへ帰ってきてから

TUSTAYA-TV

TUSTAYA-Discus と

続けざまに、試用キャンペーンへ飛び込んだので、

順調なペースで「観了」が溜まってしまい、

またも徳政令の危機なので、


増 刊 号 なのです☆


広島に帰ってきてからの

TSUTAYA-TVとDiscusで観た分については、

サービス自体のレビューと一緒に

9月号へまとめるとします。

いつもどおり、ネタバレは「もしもあったらごめんなさい」でお送り致します。

『ROBOT』


  • インドの映画は世界一ィィーッッ!!!
  • 『アイアンスカイ』から立て続けのバカ映画ですが、またこれは別の意味で格がおかしかった。何でもアリだな、ってツッコミが久々に口をついて出ましたよ。
  • なんだろう、この、金かかってるなーとは思ったのと同時に、金かけ慣れてるなーって感じが、すごい。これがインドか。
  • とにかく終始「えーーー!?」「どぇぇぇぇぇ!!」「ぁぁぁぁぁっ」って叫んでたので、観終わった後の消耗が半端なかったです。もうそういうスポーツでいいですよね?
  • 予告編からもうヤバいわけですが。

  • 「インド映画=常に踊っている」というインド映画の固定イメージとは少し違っていました。確かに、切っても切れないんだなあ、とは思いましたが。その部分で退屈になって寝てしまうというインド映画のデメリット(?)がなかったのは良かった点。序盤の方が多いのよね、ダンス。踊ってるときは踊ってるときでとにかく楽しそう。Such cool!!
  • 金のかけ方が上手いと感じましたが、その一つとして、とにかく美術関連のセンスが素晴らしい。ファッション一つ取っても、自分のようなダサオにだって理解できるくらいかっこよくてステキ。ともすると成金趣味くさくなりそうなことも多々あるのに、全然下品でなく常にクール。これがインド。これがインドマジック…!
  • あとはCGの使い方というか、実現できるからってよくもまあこんなにもやりたいことが思いつくなあと。もう、アホかと。アホが一周回ったらとんでもないなと。映像表現という全くの畑違いにもかかわらず積極的に見習いたいとさえ思った次第。
  • おんなじラジニカーント主演のボスその男シヴァージもサイコーだったと弟から聞いたので、観ねば。

『ビジター』


  • お、オチが古いなー。
  • しかも読めたわー…。
  • と思いながらも悪くない、嫌いじゃない感じ。と上から目線の物言いをするのもなんですが、そうやってそこそこ好感を持てる程度には愉しめたということでひとつ。オチの「半分」は読めませんでしたしね。展開もそれなり。
  • 読めなかったオチの「半分」は、しかしあれはあれで好き嫌いの大きく別れそうな予感が少しあります。ちょっと斬新だとは思ったんですけどね、漫画かぶれだとも言われそうです。
  • あの不協和音だけはどうにも。
  • ガスマスクが近くにいるときに鳴る不協和音、コーヒーメーカーのドリップ音に似ているんですが、(うちのテレビが問題という可能性もありますが)調節間違えたんじゃないかってくらいそれだけ音量大きかった上に、なんだか画面外から聞こえるような妙な音響編集になっていました。音自体は演出効果なのでしょうけれど、この聞こえ方も演出だったんでしょうか。おかげで視聴に集中できなかったというのがあるせいで個人的には不評です。
  • という不確定な苦情はさておき、
  • 真に気になったのは、雰囲気的などっちつかず感でしたね。なまじ慣れがあるゆえの弊害だったのかもしれませんが、オカルトなのかサイコなのかサスペンススリラーなのかパニックなのか、要はどこに自分を落ち着けて愉しめばいいのかわからなかった感じです。
  • ホラーにおける「得体が知れない」とは、何を掴んだらいいのかわからないんじゃなくて、何かあるけれどどうやったら掴めるのかわからない、ということではないのだろうか。少なくとも本作は前者でした。

『388』


  • 邦画の警察は演技が演技だとわかるので、グズでも優秀でも「これはフィクションだ」という認識を持てるのですが、洋画のリアル路線でダメポリスに出てこられると実際の「当たり前」を知らない分、もやもやします。というか市民の訴えの真偽の方をハナから徹底的に疑ってかかる警察なんてそもそも好きになれませんよね。「もしもし、目の前でひったくりが」「遊んでるだけじゃないですか?」「」
  • 本作も異様に人の話を理解しようとしない不真面目な警官ばかり登場します。ちょっと不可解な事件はすべて住人の勘違いや気のせいということになります。住人がちょっとでも興奮していればしめたもの。気が動転したせいで幻覚を見ただとか、奥さんがいなくなったのは誘拐ではなく家出であって、あなたのそういう不安定なところがトラブルの引き金になったのではありませんか?と、主観的な訴えは主観的であることを理由にすべて論破されます。これは気が狂って当然です。
  • えーと、今作に限っては雰囲気を伝えるだけで展開が読めてしまう可能性が大きくなる上、読めてしまうと面白くなくなるところも多いと思うので、【ネタバレ注意】と明確に示唆しておきます。
  • さて、
  • 見方によってはこの作品、わりと芸術品とも言えるんじゃないかとは思います。オチを知って今まで全部がご都合だったと批判できなくもないですが、本作の支持する「計画的犯行」というものは、ターゲットの心理傾向や予想される関係者の人格や対応力まで含めてシュミレーションしてこそっていうことなのかもしれません。だとしたらより趣味が悪い映画なわけですが、完成度はかなり高いかと。
  • ええ、少なくとも自分と犯人は趣味が合いませんがね。自分がゲームマスターの場合なら、ゲームは条件的にフェアでなくては面白くない方なので。
  • 今作と違い、開き直ってフェアだよと言い張っているようなのは好きです。直近で観た『ファニーゲーム』みたいに。
  • いやはや、脚本もファニーゲームのように胸糞も胸糞なんですが、主人公も妻も警官も徹頭徹尾人と会話・対話をしようとしない身勝手な無自覚傲慢キャラなので、イライラが募ってしょうがなかったというのもありますね。当然同情もできないキャラクターたちですし、結局その愚昧な人たちを指差して笑うか、同情できる愚昧まで自分を落とす必要があったわけで。少なくとも感情移入は難しかったです。
  • しかしまあ、自分の言う「愚昧」としての役者の演技が本物すぎるという点においては、繰り返し言いますけど芸術品のようです。まったく感情移入できないためについていけない行動も多々あったので、本作がリアルを追究できていたかどうかについて自分の批評にはあまり説得力がないのですが。
  • また、感情移入とかは別にして、ハマればかなり怖い映画だとも思います。そのぐらい出来はいいんです。
  • 例えば自分のように「なんでそこで順を追って説明をしなんだよ。協力者ゲットのチャンスだったろ?」とか「いやいやいやいや“会話”をしようぜお前ら。speakじゃなくてtaikを!」とかが気になってイラッと来てしまう人種は苦手かもしれません。
  • 確かに製作陣の言うとおり、主人公はアメリカでいう「ごく普通の男性」なんでしょうね。「ありふれた」とか「典型的な」とか。

『隠された記憶』


  • うーーわーーーカンヌ映画だーーーー忘れてたーーーー。
  • というかこの手は久しぶりすぎて不意打ち感。古い映画祭映画を最近漁ってないなあ。
  • 同日388観てそっちに引っ張られたと言えなくもないけどミステリの脚本でそれやってきますかハケネ監督ぅ(´A`) ・・・という感じでもあります。主人公がどあほうなところもよく似てたね。
  • これは時代による劣化の典型例じゃないかなあ、とか。当時は確かにショッキングで、終わり方もセンセーショナルなものとして受け取られたんだろう、とか。
  • や、それ以前に、自分はこの作品があまり好きになれそうにないと断っておくべきでしょう。理屈も何もありはしません。ただ主観を強く持つのが一応のモットー。
  • その主観と今の時代の自分の目で見るに、この脚本もテーマもただ釈然としないだけの時代遅れ、という印象。古い映画に向かって何を言っているのか、金字塔という言葉を知らないのかと言われそうですが、つい先日その「時代による劣化」というものについて友人と少し話したばかりでして、その上で、少なくともこの作品は模倣や“手垢”による陳腐化を免れなかったパターンではないかなと。
  • より強い主観の話をすれば、今や“手垢”がつきすぎて、本当にチープなものにひっぱられているからでしょうが、透けて見えるような気もするのです、世に言う監督の“ドヤ顔”が。喜悦満面ってやつですね。作品自体が好き、嫌いじゃない、憎めない、というわけでもない上でそんな顔が見えてくれば、感情はお察しというやつでしょう。
  • とはいえ、脚本の提示の仕方について同じ手法を『白いリボン』でもハケネ監督は採用していました。そう考えるとあちらはより洗練されたものとして扱われていたように思います。自分もこの手法自体が嫌いなわけではないので、サスペンスというジャンルとの相性や脚本の運び方に、何か無骨さのような嬉しくないものを感じただけなのかもしれません。

【映画録6-B】に続きます。