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case.728

映画とお人形ばかりで恐縮です

2013,9,11 PM6 【映画録6-B『グレイヴ・エンカウンターズ』『最強のふたり』『リチャード・ニクソン暗殺を企てた男』】

お品書き

【映画録6-B】

【映画録6-A】

  • ROBOT
  • ビジター
  • 388
  • 隠された記憶

【映画録6-A】のつづきです。

いつもどおり、ネタバレは「もしもあったらごめんなさい」でお送り致します。

『グレイヴ・エンカウンターズ』


  • 市場ではやたら叩かれているらしい本作ですが、個人的には思い切った展開が多くてなかなか楽しく、モキュメンタリー・ホラーの応用編とも言えるアイディアの詰まった作品だと思いました。こなれた煽り方でいい感じに思考を奪って怖がらせてくれましたし、モキュメンタリーが嫌いだったりいいかげん飽きたとかネガティブな感情さえ抱いていなければ、小腹を満たす程度には満足のいく出来なのではないでしょうか。「B級ながら熱心に作った」という好ましい感じもします。
  • ン番煎じだの流行りだのと言われて終わるレベルなのは確かです。ホラーという大きなジャンルから見れば凡百埋没といった脚本ですし。反面、具体的な期待は裏切らないという安心感もあります(ハリウッドのアクション映画を借りるときのような)。まったり派向けと言わざるを得ないでしょう。おやつ感覚でどうぞ。
  • さすがに、予告編が怖かったがために期待して劇場で見てがっかりした、という感想は妥当だと思います。この予告編がすべてだといっても過言ではなかったので(^^;)…。

  • 自分がこの作品を観てた時の感覚に一番近いのが、人がやっているゲームを隣で見ているときのものです。自分がホラーゲームをプレイしているときよりもさらに、ニコ動なんかの実況プレイを見ている時の感覚に近かったです。
  • 嘘くさいオカルト展開が多く、お化け屋敷的要素が多かったですし、モキュメンタリーが擬似ドキュメンタリー的なリアルさを追い求めなくてはいけないものだと思い込んでいる人には確かにおススメできません。私は安いレンタルで自宅で観賞したということもあってか、特に何も意識しないまま割り切って「おお!静岡っぽい!」などと愉しく興奮していました。
  • B級と一度言ってしまってからで何ですが、そう言い切ってしまうには少し抵抗のあるところもありますね。どんなにリアリティに満ちていようがフィクションはフィクションで、たとえノンフィクションだとしてもどうせ他人事だとか、別に話に入り込みたいとは思っていないとかの、やはりまったり観賞派向けだと思います。モキュメンタリーにうんざりしている人にもお勧めはしたくないと言いましたが、そのうちでリアル志向よりも面白さを求めるがゆえに物足りなくて悶々としていたという人には、一周まわって面白いのかもしれません。自分がその手です。

最強のふたり


  • こんなにも穏やかにして痛烈で撃滅的な、生き方と人生と価値観の交錯を、自分は初めて見たかもしれない。かつて『レインマン』が成し得なかった方の、珠玉とも言いたい性善説の表現の一つがここにあった…!
  • (テンションが安定しない記事ですみません。「性善説」なんてなんか皮肉っぽく聞こえるかもしれませんが(杞憂ならいいんですが)、そういう恣意的な意図はないものとお考えください・x・)
  • フィリップの人生は確かに不運の連続だったかもしれない。しかし同時に手の内にあった幸運を懸命に駆使し、彼の人生は決して不幸ではなかったように思う。そこへ叩きつけるように荒々しくドリスが掘り起こしたものもまた幸福だったというこの構図は、怖ろしいくらいに辛辣で、稲妻のように美しかったと思える。
  • 「あんたは悲劇に慣れてるけど、俺は違うんだ」製作的に深い意図があったのか知らないが、自分にはドリスのこの台詞が忘れられない。
  • 憐れみという感情にだって尊厳はあります。差別とは主観が織りなすものであることもあれば、客観的でしかないものもある。そもそも差別を取り沙汰にすることが正義であるのか。ジレンマといっても一筋縄に説明できるものではなく、一対の盾と矛のように単純明快ではなく、人と時間と社会とを巻き込んで混沌としているものです。
  • そうやって障碍者に関する倫理や価値観に昔から関心を持ち続けてきた自負が自分にはあります。そういう無駄に思索ばかりしてきて、感情も理性も混沌とした中で、平等の地平を目指そうとばかりしてきた偏屈者だと恥ずかしげもなく自称したい。そんな自分だからこその感慨のような気もするが、思索における多くのジレンマの先にある幻想をドリスは実現してみせてくれました。だからこそ痛快で、涙が出るほど鮮烈だったのでしょう。
  • そう、ノンフィクション。ジレンマの先の幻想が、一例は一例だとしても確かに実現されているという事実。悔しいけれど、現実に生きている人間の方が強烈なのかもしれないなあ、とも思いました。これは別の捉え方もできるけれど、説得力を持たせようとして必死にならなくていいからなっていないあたりに、この作品では好感を持てた。

リチャード・ニクソン暗殺を企てた男


  • 「俺が成功できないのはどう考えてもお前らが悪い!」
  • 『最強なふたり』を観た直後に「最弱なひとり」と来て感慨もひとしおです。いやこれもまた、性善説の中に自分を置くとより素晴らしく思える作品でした。あいかわらずショーン・ペンは皺が綺麗ですね。
  • ラストはノンフィなのかどうか。どクズまで墜ちてしまった件については自分の中でも賛否あります。その存在を社会に証明する舞台に立ち、時代を象徴化するに至ったのは見事な結末なようで、本当に何もできずに映画の中、すなわち僕らの見ている前だけで埋もれていってほしかったようにも思えます。独占欲みたいなものですかね。
  • 彼は実行することで、彼の内側まで見続けてきた僕らの手のひらから飛び立っていってしまった。こういうところで執着心を露わにする自分には昔から「裁きと償いの美学」みたいなものがあるんだと思っています。
  • 『グリーン・マイル』のパーシーに関する結末にいまだに納得いかないのですが、それと似た気持ちです。更生・転換こそ至上の罰であり、再起不能化は諦めや切り捨てという理想があるのです。なよっちい理想論だとは思います。
  • たとえサム・ビックの顛末があれでいいとしても、そういうわけで彼自身について思うことは多いです。
  • ただ、彼がまた(思想的に)罰されるべきかと問い詰めていくとわけがわからなくなってきます。彼がああなってしまったのは彼自身がすべて悪いわけでもないし、本当は誰が悪いわけでもないのではないか、とか。でもそれを断言してしまうことは誰のためにもならないのが人の世です。またジレンマですね。そんなところに放り込んでくれたという意味でも、この映画は素晴らしかったです。
  • ちなみに、ショーン・ペンで役名が「サム」といえば『アイアムサム』が最初に思い浮かびます。公開はこの作品の3年前。「サム・ビック」と「サム・ドーソン」はまるでかけ離れた境遇で、好感の持ち方も対照的だと思いますが、人格のみに焦点を絞れば子どものように純粋で悲劇的な特徴がどちらにも見えてきます。しかもショーンがお得意の手を当てた唇をわなわなさせて顔をくしゃくしゃにして焦りまくる演技をどちらでも遺憾なく披露してくれるものですから、両方観た当時のお客さんはいったい何を思わされたんでしょう。自分は『アイアムサム』を初めて観たのもDVDを買ったのもずいぶんと昔のことですから、思い起こそうとしても強い感慨が湧かないのはちょっと惜しいような気もしてしまいます。


そういえば、

帰省中に観たい観たいと言っていた『パシフィック・リム』は

結局時間が合わなくて観られなかったです。

脚本は当たり前のように脳筋だそうですし、

それであれならやはり大きい画面で観るしかないだろうと思っていただけに、

無念です(;´д`)


レンタルで出たら観るか否かは検討中。

かくなる上は、自宅にミニシアターを(笑)