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case.728

映画とお人形ばかりで恐縮です

2013,10,24 PM2 【異世界と言葉】

ツイッター上である人が

気になるツイートをしていたので、

しかしそれを見たときにはもうずいぶん時間がたっていたし、他のことで忙しかったしで

しばらく放っておいたのですが、

暇になるとまた気になり始め、

どうも気になったままで、

数日越しの亀レスは馬鹿馬鹿しいし、

とか言いながら手慰みに書き出してみたら原稿用紙2枚分とかになって

なげえなオイィィ

というわけで、

なんとなくこっちに貼ってスッキリします。どんなブログの使い方だ(・x・`;)

まあ創作カテゴリなんてロクに書いてませんし、たまにくらい…ね。



気になったとツイートというのは、

ファンタジー小説で「杞憂」という単語を使用すること

その是非が気になるというもの。


(↓ちなみに「杞憂」の語源です)
杞憂(きゆう) - 語源由来辞典


フルクリエイトのファンタジー世界に中国は普通はありませんからね。

語源を知っていれば気になるのもわかります。


ヤフー知恵なんとかあたりに放り込めば、それはそれで面白いことになりそうな話題ですが、

私には私なりの

っていうか、

はっきり言ってわりとグレーゾーン、

ファンタジー書きにとっては常に悩みどころで

「絶対にこう!」と断言できる話ではないと思われるので、

そのへんも踏まえて、自分の力で回答してみようと思います。


〜回答〜

  • いくら異世界譚の世界観考証が大切とはいえ、言葉選びに語源の話まで持ち込むことは、あまりというか、原則ないと言っていいです。それは、イースト菌の存在が証明できず、また、“エジプト人が奇跡的に発酵という現象を発見する歴史”が存在しないことから、パン(pan)の存在にまで疑問が呈されるレベルの話、だからです。
  • 無論、そのレベルで考証している作品だって存在はします(もちろん成功例として)。しかし、言葉というものは、先に例に挙げたパンなどの存在の話よりも、何より先んじて考証を手助けする“ツール”であり、“その異世界にしか存在し得ないがゆえにこの世界の言葉(日本語)に該当する単語が存在するはずがないもの”を表現するために“駆使”されるものでもあります。すなわち、その工程は“翻訳”であると言えるのです。
  • そのステージではある程度の“意訳”が認められるし、求められてもいます。そして、“意訳”に伴う“遊び”が認められているのは、周知のことだと思います。
  • ここで、語源の話へ立ち返れば、その点に拘泥することは“意訳の遊び”をいたずらに阻止することになりかねません。いたずらに、というのがポイントです。“遊び”にも限度はありますから。
  • しかし、その線引きが端的な知識によって行われる、という認識は、あまりお勧めできないものです。
  • なぜなら、異世界譚の世界観考証で一番大切なのは、結局のところ多数派的なフィーリングである、と、頭ごなしに言ってしまうのもアリといえばアリなのですが、特異的な語源のある言葉については、よりはっきりとしたアプローチが他にあります。
  • それは、異世界内において再翻訳の必要性が皆無である、ということです。
  • つい最近、わけあって「豆腐」の語源を調べる機会がありました。「腐」という字には、昔、「乳がヨーグルト化する(凝固する)」ことを表す意味があり、乳を豆乳で代用したのが「豆腐」の起源と言われているようです。
  • さて、この「豆腐」を仮に異世界の何かを表現するために小説中で使ったとします。しかしそれは、現実世界の人間のみを読者と想定したことによって「豆腐」と意訳されただけのものです。ネイティブの言語しか使う必要のない異世界の人たちは、「豆腐」の語源が何であるか、どころか、豆腐がそもそもどういうものか、という疑問すら抱くはずありません。これは異世界譚を創作する際、常にあてはまると言える前提です。
  • この前提がある時点ですでに、“翻訳”は一方的なものであり、かつ、現実世界における付加価値のみがその工程に求められるものだ、とわかります。すなわち、重視するべきは筆致と表現力に他ならないです。
  • ですから、結局行き着くところは多数派的なフィーリングだったりもするので、ひたすら線引きが難しいという話になるのですが、端的な知識のみによって容易に機械的に判断してしまえるものではないということはわかると思います。場合によっては、その選別が逆に“知識に踊らされている”と揶揄される危険性も孕むわけです。
  • 「塞翁が馬」や「四面楚歌」などは、「杞憂」よりももっとわかりやすいグレーゾーンでしょう。しかし、必ずしもクロであるとしてしまうことは、往々にしてナンセンスと言わざるをえないのです。
  • ケースバイケース。それも作品によってではなく、文脈という名のフィーリング、雰囲気によって。まあそのくらい小難しくなくては、異世界の物語を言語で表現する甲斐がないというもの、なんですかね(笑)


以上になります。

後から付け足したので、1000字くらいになってます。これでも短くまとめました。

あくまで私なりの意見ですし、

整然としていないところでは、

「杞憂の語源なんてどーせ誰も知らんでしょ」

「(現実世界の)動物がいない世界なら象形文字全部アウトになっちゃうぞ」

「そもそも漢字がないんじゃひらがなカタカナも全部アウトじゃない?」

なんて、意地くその悪いことも全然考えていないわけではなく、

その程度の思慮で、ラフプレイがまかり通るステージがあることも知っていたりして、

ちょっぴり後ろめたくもあるのですが、

それでも、参考程度になれば幸いかなあ、とは、間違いなく思っています。

考えすぎはよくないんですよね、とにかく。