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case.728

映画とお人形ばかりで恐縮です

2013,12,9 AM1 【映画録15-B『コズモポリス』】

本日のお品書き

【映画録15-B】

【映画録15-A】

【映画録15-A】のつづきです。

case.728の映画録は、ネタバレは「もしもあったらごめんなさい」でお送り致します。

12月7日『コズモポリス


  • なんだかよくわからないけどオシャレでどこか惹かれる予告編。どうやら若造のセレブが世間を相手取って哲学的にごにょごにょやるようだ。そして軽くレビューを流してみたら「抽象的な台詞でのかけあいがずっと続いて全然入り込めませんでした」「なんかわからんけどすごい!!」
  • (’x’)コレハキニナル……
  • なにげに自分は“セレブ”や“金持ち”というものが好きなんですよね。キャラの属性として見たときに。我が愛しのスターク社長なんかもそうですね。『SEX AND THE CITY』の女性たちもセレブではないのかもしれませんが確実に中流以上で遊び方は派手ですし。『グリーン・ホーネット』なんかもいいですね。憎めない系のキャラが作りやすいというのもあります。物量やら懐の余裕やらで露骨に行動の自由度高いからでしょうか。身体が自由な分精神的な束縛や矛盾やら倫理やらのこもごもに焦点を当てやすいからでしょうか。資本主義者だからでしょうか。
  • 物で満ち足りてるはずの人が共感できる悩みを抱えてうんうん言ってる姿っていうのが物珍しいだけかもしれませんね、庶民的に(笑)。しかし本作はどうか。なにしろ若き天才投資家の、純粋な投資失敗による転落物語。キャラや共感やらでお客を買えそうではない。というか、映画そのものからそういう臭いがしない。先のレビューですからね。いったい何がどうなっているというのか。かくしてその実体は!?
  • 実体は……⇒すごかったです。なんかわからんけど、すごかった…(゜x゜;;)
  • 実体はしかしアレですよ、映画と哲学的思索が大好きで映画バカの血気盛んな学生が若さと勢いに任せて卒業制作として撮るような映像作品(笑)。予算が潤沢で映像が美麗で役者がすばらしくても本質はそれと同じ。その一例。「資本主義ってやーね。テクノロジーの発展ってちょっとやな感じねえ」そんな真理を表現するためだけに散文詩じみた演劇臭い台本を作ってたいしたことのない脚本で。
  • それが、しかし、その本質こそが、映画だ、ここにある芸術だ!!と。
  • まんまと叩きつけられました。これは、すごい……。
  • 映画としてはとても静かでちょっと気持ち悪いくらいBGMや環境音が控えめなんですが(その静かさも意図のあるもの、つまり演出だと思われますが)、制作意欲という名の熱と緊張感でしょうか。思い返せば思い返すほど伝わってくるそれらに噎せ返りそうになります。そしてその意欲と本質を突き詰めていった先に、何かとんでもないかたまりが練りあがってしまっている。だってこれ、煮詰まってるじゃないですか!
  • いけない、さっきから要領を得ない文章が続いてしまっていると思います。でもそうなるのも無理ないくらい衝撃的な作品だったんです!と言えればかっこいいのですが、実際はどこに着目して何から順に言葉にしたらいいかわからなくなっているだけなのです。本作はいくつかのシークエンスに分かれていますが、各シーンをさらにこま切れにして一つ一つについて考察をしてさらにそれを総括していかなくては具体的な所見を述べられそうにない。“とんでもないかたまりが練りあがっている”というのはそういうお話。ぼくの力量(とちょっと眠い目)では短い文章にまとめるだなんてとてもとても。
  • ざっくりと、自分が特に興味を引かれたシークエンスを挙げれば、しかしやはりあのアルゴリズム担当のおばさんとのやり取りで、禅問答的な要素に反応しただけではあります(『イノセンス』とかも好きですからね)。「未来が人々の現在を押しつぶす」「亡霊が世界に憑りつく。資本主義という名の亡霊が」おそらくこのフレーズにおいて「資本主義」と「未来」は同じものなのでしょう。
  • この例でちょっと面白いのは現代の「未来」という事象そのものを危険視している点。「未来を築くために」とか「明日のために」とか「将来という名の希望のために」などと言って、犠牲にされているのは「現在」だ。我々は現在にいるはずなのに、未来が現在に引き延ばされてしまっている。こういう文脈でありきたりなのは「過去」が悪者にされて、対照的に「未来」が善なるもののように描かれる場合が多いような気がするんですが、本作のこのシーンの場合はまったくの逆。「過去」は取り沙汰にされず、対象とされているのは「現在」ですが。
  • ていうか、未来のために生きることを否定されたら人間はどうすればよいのか。しかしこの問い自体が「人間の合理性の悪いところ」という劇中での指摘に当てはまるような気さえします。現に「現在」は犠牲となっており、ひずみも現出している。これがよくないことでなければ何なのか、と言われてはぐうの音も出ません。
  • 金持ちがリムジンで床屋に行くだけの話なんですよ。主人公のその日のスケジュールはたったそれだけ。ただ、大統領が近くに来てるのと、同じく近くで葬列をやっているために交通規制がかかって大渋滞。しかも上がるかどうかの怪しい外資へ自分の命綱を一本まとめで預けた次の日で、さらに個人による襲撃予告まで送られてきている。ていうか僕はセックスがしたい。特に妻とセックスがしたい。若くて綺麗でキャリアで清楚で上品な妻と獣みたいにセックスがしたい。破産、破局、デモ、襲撃。妻はどうしてボクとホテルに行ってくれないの?ついでに死ぬのも怖いんだけど。でも死ってよくわからない。殺されそうらしいけどよくわからない。僕はNYでリムジンに乗ってる。そしてセックスがしたい。
  • そうして主人公が床屋に着くまでの長い一日が、リムジンの車内を中心にして淡々と続いていきます。
  • それは何気ない日常で、けれどこの世界にいる誰よりも濃い一日。そしてきっと彼の人生の中でも。
  • やっぱり上手く説明できないし、それ以上に、どこから手をつけたらいいのか皆目見当がつきません。おかげでいつも以上にとっ散らかっただけの感想文になってしまいました。正直一回観ただけでは内容の一端さえ理解できるような代物ではありませんでしたから、何度も観直す必要があるんだろうと思います。観るべきところはたくさんあるので、きっと飽きないだろうという確信があるのも怖いですね。わりととんでもない奇作です。刺激的なものが観たいと思っていましたが、まさか量的に受容し切れず悶絶するほどのものが出てくるとは……^x^;


確か『コズモポリス]のディスク入ってた新作情報だったと思うんですけど、

『一命』のトレーラーが収録されてて、それ見てるうちにまた観たくなってしまいました。


三池さんの映画は、一回愉しんだらもういいかな、と思えそうな内容が多いと思うんですが、
なんとなく、アレをまた観たいな、と思うことが多いという意味ではふしぎなんですよね。

やはりエンタメをよくわかっているという安心感がある上で、ほどよく尖った“刺激”をわりと各種取り揃えているからでしょうか。

カンヌ出品とかは、失礼ながらちょっと勇み足じゃないかと思ったりはするのですが、
作品から意欲が伝わってくるうちは、これからも好きになれるものを作ってくれそうだと期待しています。


そういえばまだ『愛と誠』観てなかったな。あれは期待より怖いもの見たさのがデカいんですが……。