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case.728

映画とお人形ばかりで恐縮です

2013,12,18 AM0 【映画録16『スリーデイズ』】


インフルエンザでした(x 。x;)

いや、保菌者的な意味ではまだ現在進行形です。
処置が早かったので症状はもうなくなりました。喉に盛大な爪痕を残してるくらいです。

サークルの現役ラスト〆切直前という本当にクソみたいなタイミングだったのには泣けましたけど。タミフルには頭が上がりません。

本日のお品書き

  • スリーデイズ


昔毎回やっていたように、今日は一本です。
病み上がりで体力が戻ってないので。
というか当たり前でもありますが、観たものの感想は間をおかずに書かないと書きづらくなりますね、あいかわらず。

一応今回は、観ながらメモを取るという試みに出てみました。
局長氏のブログで京大式カードというのを紹介していたのを見て自分も試しに買ってみたというのもありまして。
確かに使いやすいです、このカード。名前からしてたいそうなだけのことはあります(^_^)

case.728の映画録は、ネタバレは「もしもあったらごめんなさい」でお送りします。

12月11日『スリーデイズ』


  • 予告編がかっこいいと観たくなるのはいつものこと。壁中に貼った逃亡計画をはがして刑事が乗り込んでくる頃にはもぬけの殻、っていうあの編集はうまくやったもんだと思います。
  • ただしイメージ操作はやっぱり嘘っぱち。そのへんはさすがのGAGA☆です。ここまで作品の雰囲気を伝えることに興味なしで商戦に意地汚いと清々しさすら覚えます。まあ興業って大事ですからね。脚本について嘘ついてないだけマシです。「弾をくれ」とか微妙にスレスレのところで字幕いじったりしてるのにはイラッときますが。
  • 主人公は中年の大学教授(講師で行っているようにしか見えないのですが…)。共働きながら家を持ち、妻と一人息子と三人で家族円満。ところがある朝急に警察が乗り込んできて妻が殺人容疑で逮捕。あれよという間に証拠が揃って有罪判決。控訴も取り消され上告も危うし。しかし妻は否認を続けており、被害者である妻の上司と妻とで諍いはあったものの殺人の動機というには不条理極まる(よしや妻が殺意を抱いたとしても短絡的に実行しそうな人間性および判断力ではない。いやだってそのへんの消化器で撲殺して凶器放置て犯人絶対ラリッとるやん……)。それでも釈放は絶望的であるのを知った夫(主人公)は、妻を脱獄させて国外へ逃亡する計画を立て、実行に移す。果たして軍人でもスパイでもないただの男に、脱獄の手引きと法治国家アメリカからの脱出は可能なのか――
  • というあらまし自体は予告編の通り。ただし、ネタバレになるかもしれませんが、予告編からイメージされるような「緊張とサスペンスのスタイリッシュ脱獄アクション映画」ではありません。そこに期待されるような熱い鬼ごっこムービーはラスト30分にギュッでした。本作の大半を占める本当の見所は、善良な一般人である主人公が妻の脱獄と逃亡のために計画と準備を始めてから約3年かけて実行に辿り着くまでの、心と体の苦難を描いているところにあったのです。なんと、ドキュメンティックな倒叙モノの一種!しかもこれがよくできていて面白い!

  • 脱獄に必要なものは刑務所内の情報。構造だけでなく時間ごとの全体の動きや癖。ウィークポイントの観察。また、逃亡に必要なものは手段と逃亡先を含めた分刻みの綿密な計画。次に偽造パスポートと偽造身分保障書。それから警察の情報。さらにより多くの情報。そしてすべての可能性を繋ぎとめる金、金、金。成功のカギとなるものの把握と、最後はわずかな幸運。
  • ひたすら脱獄ムービーな大味アメリカン映画だったなら、だいたい小さなきっかけですべてが都合よく揃ってしまうか、ある程度割愛されます。たとえ主人公が一般人でも軽快に幸運をゲットさせていけばできないことはありません。しかし、本作はそうは問屋が卸さない。滑り出しは脱獄のプロに都合よく接触できて上記の“何が必要か”を知ることができるのですが、主人公はその一つ一つについて相当苦労を強いられることになるんです。
  • 裏社会の人間に関われば容赦のないかわいがりにあって金だけむしり取られるし、警察に目をつけられたら拘留中の妻の面会にも行けなくなるかもしれないので常にビクビク。刑務所を出禁になれば脱獄のチャンスなんてなくなります。情報屋なんて存在はファンタジーで、彼が手を出せるアングラといえば鼻くそみたいな信憑性の情報ばかりごろごろ転がっているネットの世界くらい。普通に考えて裏社会と無縁のずぶの素人がこれだけのものを揃えようって考え自体がそもそも無茶というものなのですが、それでも主人公は果敢に立ち向かい、少しずつ少しずつ計画をモノにするために進んでいきます。
  • そして苦難はそんな実質的に立ちはだかるものばかりではありません。本当に優秀なストレッサー映画です。警察からは徐々に不審な動きを怪しまれだしますし、命綱と言われていた資金も次第に底をつきはじめます。家具を売って家を売って、しかし計画に必要なものは取っておかなくてはいけませんし、息子の生活までは犠牲にできないし。逃亡先に身を落ち着けるためのお金だっていります。かといって計画自体が破綻したら今まで犠牲にしてきたものがすべて水の泡でしょう。

  • 本作で計画準備の様子が直接的に描かれるのは主に準備を初めて2年半後。計画実行前の3か月間の様子です。本題に入る前にすでに2年半捧げちゃってます。常人として気持ち的にもそこから引き返すのはなかなか難しいとわかるのですが、本格的に準備が整ってくるにつれて実質的な意味でも引き返せなくなってきたというのがじわじわ伝わってきて胸が詰まります。やめるわけにも捕まるわけにもいかない。計画を成功させる以外ないという心情に寄っていくのが現代倒叙モノの醍醐味だと思いますが見事に構築してくれます。ちょっと目利きのある有能な刑事の影がちらつきだすのも心臓に悪くていい感じですね。
  • ネタバレを気にするならここをあまり掘り下げていかない方がいいのですが、本作を語る上で“引き返せなくなる”という要素は外せないのです。本作が倒叙モノとして《実行まで》を描いたものだからというのもありますが、実行した後のことにも尺を取る作品なら、引き返す道が限りなくゼロになるタイミングこそが《実行》であるのに対し、本作はそのタイミングが《実行前》に来るのです。
  • 恣意的に《まだ実行してもいないうちに》と言い換えれば、その展開がいかに悲壮感を引き出すものか分かりやすいでしょう。さらに助長するように憎い時系列入れ替えギミックまで備わっていて、さらにそこから休む間もなく《実行》が始まってしまいます。本当に静かにおだやかに始まるんです。軽快なポップスの挿入歌まで流れ始めていったいどこまで悲壮感を盛るつもりなのかと問い質したくなるのですがこれがまったく鼻につかない。たぶんちょうどその隙間にあのシーンがあったからですね。
  • そう、あのシーン。主人公は時々息子を両親のところへ預けたりするものの、父親とは子どもの頃から壁があって少々不仲で、そのことは序盤からさりげない描写が何度もあったので、国外逃亡=泣いても笑っても生き別れの親不孝が決定した時点でこのドラマには劇中でケリがつかないはずはないと、そんなことは見ていれば断然予想がつくのです。あんなにシブいケリのつけ方だとは予想だしてませんでしたが!(’Д’)
  • いや、実質とんでもなくクサイんですけどね。でもこのクサさ全然嫌じゃない。粋ですよ。粋とだけ言いたいですけど、ちょっとケリがつけるタイミングがなくなってしまうんじゃないかと心配を煽っていたところへブチ込んできますから、こんなのずるいよ!って言いたくなります。悔しい!でも……!

  • もちろん、最後の30分、散々お待ちかねの脱獄&逃走劇もなかなかの出来栄え。ヒヤヒヤの連続で全然スタイリッシュとかではないのですが、常人なりに思いつく限りの最善策を探して積み上げて念入りに綿密に練り上げましたっていうのがぐいぐい伝わってきてすごく応援したくなるんです。自分がアガリ症だと自覚がある人や就活してた人なんかはわかるんじゃないでしょうか、頭の中でもう何度も何度もシュミレートしましたっていうのが観てて共感できてしまうくらい必死な感じ。それが伝わってくるのは脚本の力もありますが、ラッセル・クロウの表情の常人臭いのに鬼気迫ってくる感じによるところも大きいのかもしれません。
  • かといって無様でもなく、努力結実とでも主張するように警察の常に上を行ってくれます。観ている側は主人公の苦労を知っている分よっぽど痛快ですね。一方で警察もかなり有能な追い上げを見せてきて、徐々に追いつかれる実感と共にこちらも焦りはじめます。
  • そして待ち受けるアクシデント。一難去ればまた一難。それでも用意したカードを惜しみなく使っていく。そこにもチキンレース感。時々監督か脚本家が調子に乗りすぎたのか、やや変にご都合な演出があったりはしますが、見せ場のエンタメ性というものを充分理解して全体を作っているというのはわかります。運も実力のうちだって脱獄のプロも言ってたし☆
  • 本作がちょっとすごいのは、倒叙モノのような脚本で登場人物(主に主人公)への感情移入や同情といった観客側の心理をうまく利用するようにしてドキュメンティックなものを作ろうとしているにもかかわらず、自分たちの領分であるエンタメというものの枠組みを理解して、その枠の中で最大限に仕上げていこうっていう堅実な姿勢が見え隠れしているところです。どうせエンタメなんだからと卑屈になることもなく、一方で主眼となるものばかりに囚われてエンタメであることを忘れるなんてこともしてないように見えるわけです。これで非の打ちようがないなんて言えないわけがないのではないかとか少し思ってしまいます。
  • 海外の評論なんかを見ると脚本のバランスがおかしなことになってないかと鋭い指摘があります。それはきっとその通りで、先に書いた通り一つの枠の中での両得を目指した結果か、全体を見直すと少し重心の怪しいいびつな脚本と尺構成になってしまっているとわかります。時々へんに冗長な気がしてしまったり、起承転結のリズムが狂ったように思えたのもきっとそれです。
  • が、そういう違和感が尾を引いて気になったかといえばNOと言えてしまう以上、娯楽作品としての完成度はまったく否めないのではないでしょうか。むしろそのステージでの談義を終えて、芸術評論的な土俵で話ができるクラスにまで達していると言うべきなのではないだろうかさえ思われます。
  • それにしても脱獄のプロは顔を見た瞬間、こいつのレクチャーがいったい何の参考になるんだとちょっと思ってしまいましたね(^_^;)

  • そりゃあんたはそうでしょうよwwww

それはそうと、

予告編について他の作品でもちょくちょく触れている自分ですが、

こんだけ文句が出るなら(?)もっと調べて整理してレポートの一つや二つ打てるのではなかろうかと謎の色気が出てきます。

たとえば、まず配給会社ごとに分類しておいて、作品に忠実に作ってあるかどうかの比率を見るとか、さらに作品ジャンルごとに見たときのそういう傾向とか。

最近フェイスブックで見かけた“マンション・ポエム”のように、ワードを拾って統計してみるというのも考えられます。
年代別にグラフにしてみるのも面白いかもしれません。

予告編ならYouTubeにほぼ望むだけ転がっていると言っても過言ではありませんから、資料に困るなんてことはないわけですし。


って、そういうのどっかの暇でお金もある大学教授がまとめてくれたりしてないでしょうか。大学教授の大半が歌人の冤罪事件でてんてこまいしているなんて話は聞いたことがありませんがねえ(酷)