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case.728

映画とお人形ばかりで恐縮です

映画録62『カッコーの巣の上で』

真夜中のカーボーイ』はなぜ「カウボーイ」ではなく「カーボーイ」なの?邦題を付けた人が間違えたの?

いいえ、ちゃんと理由があります。それも観たことがある人ならわかる粋な理由です。誤訳だなんて寂しいこと言ってないでこれは知ってほしい話の一つ。配給会社がちゃんと一作ずつ吟味して邦題つけてた頃の名残でもあります。

参考リンク:真夜中のカーボーイ - Wikipedia

 

 

※case.728の映画録は、5段落前後でまとめる既観賞者向けの参考記事を目指しています。ネタバレ・解説記事ではありませんが、物語の中核には触れているので未観賞の方はご注意ください。

 

7月5日 カッコーの巣の上で

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「一泡吹かせてやろう」

 

1.いつかコンプリートしたいけどひとまず2本目。

 

アメリカン・ニューシネマが好きでしてねえ、なんて言おうにも実は一作しか観たことがなかったんですよ。でもやっぱり好きだって思うんです。たぶん作品がというよりも、アメリカン・ニューシネマっていうある意味退廃的な文化が好きで、そういう文化が受け入れられるどころかちやほやされる時代が、かつて存在したという事実がすでに面白いんでしょう。その成り立ちや歴史についての解説をWikipediaで読んでいるだけでもワクワクできてしまいます*1民俗学大好きな僕ですが、これもアメリカ民俗学の芸術部門って感じです。

本作はその近代アメリカで起こった映画の一大ムーブメントにおける代表作。前回の映画録でもチラリと紹介した、2010年の英誌選出《「気がめいる陰うつな映画」30本》にもランクインしていました。

映画でしか味わえない嫌な気持ちになる映画。。。① - NAVER まとめ

無慈悲な社会にあらがって生きる人物のパッシブなドラマと、しかし現実というものの強大さの前に彼らが敗れ去る陰鬱なストーリーとが織りなす、アメリカン・ニューシネマの中のアメリカン・ニューシネマ。まさに典型と言うにはまったくこと欠かない様子の本作です。

が、逆にあまりに当時のその文化の色が強すぎて、今の時代の人(しかも日本人)が普通に観ても首を傾げるところの方が多い作品と思われるのが残念なところかもしれません。アメリカ映画文化の歴史自体にピクリとも興味が湧かなければ、この作品はスルーした方がいいのかも。逆に当時のアメリカの社会背景やら価値観やらに没入できるなら、やはり必見と言ってよいでしょう。

 

 

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2.あらすじ ~マクマーフィー、精神病院に入る~

 

「演技をしている可能性がある」

院長にマクマーフィーはそう釘を刺された。図星である。

マクマーフィーは未成年とにゃんにゃんしたので刑務所に入れられたが、心に病気がある人のふりを続けてついにこの病院に移されたのだ。院長はとりあえず一週間彼を患者として扱い、病人かそうでないかを見極めると言った。

マクマーフィーはいいかげんだ。刑務所には戻りたくないがどうすれば正式な精神病患者と認めてもらえるかよくわからなかった。刑務所と同じように躁病っぽくはしゃぎまわればいいか。そんなつもりだったが、病棟は何か妙に息苦しくてたちまちそれどころではなくなった。

どう考えても婦長がじわじわとストレス発散しているようにしか見えないグループセラピーとか、患者同士に会話させないために流しているとしか思えない大音量のクラシックBGMとか、決められたスケジュール通りにしか動かない患者たちとか。

すごくイライラする。自分がおかしくなきゃおかしいのはここの全部だろ。それともマジで自分がおかしいのか?そうか。なら、それでいいじゃないか。

マクマーフィーはグループセラピーをぶった切って婦長に提案した。

「テレビつけて野球観ようぜ」

 

 

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3.知識が邪魔をする不思議な非現実感

 

先に断っておきたいですが、本作の“精神病院”は完全な創作です。

観ているうちはなんとなーくで流せてしまうこともありますが、観終わった後にやっぱりちょっとおかしい部分が思い起こされてくる。ちょっとおかしいがたくさんある。監視カメラや電子ロックがない時代にしたって「どんだけザルやねん!」とか、そもそもまだ精神鑑定途中の受刑者を他の患者と容易に接触できる環境に置くだろうかとか。

時代背景がどんなに冷徹だったからと言われても、こちらの素人知識の誤った先行だと指摘されても、これはさすがに現実味がなさすぎます。

この点はある意味設定の不幸です。

たとえば『真夜中のカーボーイ』の舞台である“都会”の様子などは、極端にフィクションでもさほど問題にはなり得ません。「都会はきびしい⇔きびしいは都会」で丸く収まるからです。主人公のおのぼりさんという設定も、特に現実味のあるなしを気にしなくても容易に成立します。昔こんな“感じ”のやつがいたかもしれない、くらいのざっくりした捉え方で充分です。

しかし本作の“精神病院”や“受刑者”といった設定には、かなり具体的な知識や先入観が伴わざるを得ません。ナースがまだ修道女のような制服を着ていた時代設定ならまだしも、普通にナース服(ミディスカート)の時代とあっては上述したような現実味の問題点に引っかかります。

ただしこれは知識と先入観を伴える現代の一般人から見たときの話です。本作が製作された当時は、精神病院の内情はわりかしブラックボックスでしたし、その閉塞性がゆえにいろいろな非人道的・非人権的行為が行われているとして問題視され始めたばかりでした *2

本作の“精神病院”の描写は、当時の世論や実態にも即し、「精神病院ではこんなひどいことが行われているんだ!」というネガティブ・キャンペーン的な側面が強かったのだと考えられます。それを映画でわかりやすく表現するために、具体的な部分はフィクションにした(あるいは無知ゆえに)。観る側は現代人と違って知識を持っていないのが前提ですし、「今までこんなことを知らずに放置してきたのか」という問題意識が喚起されることがキモなので、フィクションで充分だったというわけです。

無論、不実と言いたいわけではありません。時には保守をやめ、伝えるべきことをわかりやすく表現することを最優先とするのもまた創作の真摯です。

 

 

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4.人物もまた体制の象徴

 

またこの“話のわかりやすさ”のために、病院サイドの人物たちはことごとく、ただの装置と化しているように見えます。これは本作の場合、“精神病院”という巨大な装置を構成する部品として、彼らが冷徹で性悪説的な生き物でなくてはならなくなっているためです。

かつてやなせたかしさんが、光あるところには必ず闇があるように、アンパンマンアンパンマンであり続けるにはバイキンマンが必要なのだと語っていたことがあります。それと同じように、病院サイドはあくまで本作の“闇”でなくてはならなかったとはいうわけです。

ただ、現代人としての自分の価値観からするとこれがやはり不満な点。そもそも前提となっている「精神病院=社会の闇」の構図の絶対性に共感が難しい(先述どおり)以上、病院サイドの人物らにも患者(主人公)サイドと同様の人間味を求めてしまう。

それに、「バイキンマンにはバイキンマンなりの事情がある」という意識が第三者(観客)の念頭に置かれるのが現代の価値観です。光と闇ももはや関係なく、人と人とが衝突し、一人一人に葛藤があることに期待を抱く。本作の婦長さんはその衝突や葛藤の気配をちらつかせたようにも見えた気がするのですが(その意見はさすがにお人好しが過ぎるとの声も…)、いずれにせよ最終的には「もっと個々人へ平等に踏み込んでほしかったなあ」という感想を抱くことになりました。

 

 

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5.細かいことはいいので主人公を見て

 

では、歴史にも興味のない現代人にとって本作はもはや目も当てられない代物なのかといえばそんなことはありません。

名作は名作でもアメリカン・ニューシネマの名作であることを知り、見方を知れば、本作が本当に純粋に自由を求めて足掻く人の姿を描いたものであることはわかると思います。

そしてその足掻きは叶わずとも、その姿でもって諦めていた人に希望を与え、遺志を汲み取らせることはできるというテーマでもあります。

これがニューシネマ末期にあって、ひたすら陰鬱な路線へと沈み続けたニューシネマが新たな境地へ浮上する姿をうかがえるという意味でも面白いのですが、そんなことを考えなくても観て損をする映画ではありません。

最終的にはジャック・ニコルソンの秀逸な演技に唸りまくるだけでもかなり乙。

あと個人的には本作は中盤くらいからチーフの物語だと思って観た方が楽しめるとも思っています。

 

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まあ普通に見応えのあるアメリカン・ニューシネマとしては『真夜中のカーボーイ』を推しておきますよ。 

 

*1:参考リンク:アメリカン・ニューシネマ - Wikipedia

*2:事実として、電気けいれん治療の懲罰流用(劇中にも描写あり)など、問題視される行為が病院内ではまかり通っていました。要するに“お医者様の言うことは絶対”というやつです