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case.728

映画とお人形ばかりで恐縮です

映画録70『ヒッチャー』

アン・ディールで目を離した隙に純魔の白ファンがテーブルになって追いかけてきたらそれはうちの九女です。

 

※case.728の映画録は、5段落前後でまとめる既観賞者向けの参考記事を目指しています。ネタバレ・解説記事ではありませんが、物語の中核には触れているので未観賞の方はご注意ください。

 

7月27日 ヒッチャー

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「四つの文字を言え。し…に…た…い」

 

1.道路のそばには魔物が棲むの(by うえ◯ゆうじ)

 

目が死んでるヒッチハイカーにはご注意を。

とはいえ今のご時世、バックパッカーはそれなりにいてもヒッチハイカーはほとんど見かけない。まあ日本は狭いですから歩き遍路でもどうにか成り立ちますが、アメリカの砂漠地帯を徒歩で越えるのは普通無謀ですよね。平均的な移動距離を考えれば、足がなければ間借りが妥当。しかしそのヒッチハイクが元で強盗事件が多発したせいで、今のアメリカではほとんどの州でヒッチハイクが禁止されているようです。

車内から見た運転席の人間ってすごい無防備ですし。両手はハンドルについてるし体はシートベルトなどでシートにぴったり固定されてて、視線も前方に集中。パニックを起こして事故を起こされることさえ考えなければ、助手席の人間はナイフ一本で財布を脅し取れてしまいそうです。運転手が元軍人か殺し屋だったら、ジャケットの裏地にホルスターを縫い付けてあって、運転しながらでも片手で抜けそうですが(笑)。

いや、ヒッチハイクに応じるとそういう危険があるというのがわかっていれば、遠乗り前に対策の立てようもあるでしょう。正当防衛なんて物騒なことになる前に車内から追い出す方法だってあるかもしれない。長い道のりの途中で撃退できたら当然勝ち逃げ。強盗からしてみても深追いにメリットなんてあるわけありません。

はたして、ほんとに?強盗ならそうでしょう。しかしあまりに広大で未開の地じみたテキサスのハイウェイでなら、人のかたちをした魔物が手を振らないとも限らない。

  

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2.あらすじ ~Repeat after me. "I... want... to... die."~

 

ジム・ハルジー(C・トーマス・ハウエル)は陸送のバイト*1で、顧客に車を届けるためにハイウェイを走っていた。その途中で通りかかったテキサスの砂漠のど真ん中で、雨の夜に一人のヒッチハイカーを拾う。「ジョン・ライダー」と名乗ったその男(ルトガー・ハウアー)は、ジムに煙草をもらってからおもむろにナイフを取り出すと、運転中のジムに突きつけて「死にたいと言え」と脅してきた。「さっき路肩に止まってる車があっただろ?俺があの運転手にしたことと同じことを今からお前にしよう」

ジムはパニックに陥りながらも、男が助手席のドアを閉め損ねて半ドアになっていることと、彼がシートベルトを締めていないことに気がついていた。一か八か。「嫌だ!」と叫んだ瞬間にジムは男を突き飛ばし、そのまま車外へ放り出すことに成功する。

地面を転がっていった男をミラー越しに見届け、ジムは走り去る。男の目的は何だったのか。死んだだろうか。とにかく命だけは助かった。ホッとしながら引き続き陸送を続ける。昨夜の雨が嘘のように、翌日のハイウェイは晴れ渡っていた。平和そのものだ。後ろから一台の自動車が近づいてくる。家族連れのようだ。追い越させてやると、後部座席から小さな女の子が人形を持って手を振ってきた。「こんにちはー!」「やあ、こんにちは」人形がもう一体。「こんにちはー!」「やあ、こんに……」人形の陰から見覚えのある顔が出てきた。それは昨晩自分にナイフを突きつけたヒッチハイカーの男だった。青ざめるジムと目を合わせ、男はにやりと微笑む。

追いついてきたのは序の口。そう、まだ序の口だった。ジムは追い立てられるようにして、己の生死と尊厳をかけた鬼ごっこに身を投じさせられていく…。

 

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3.色褪せないにもほどがある!80年代最高のサイコサスペンス!

 

超こええ!わりと上等なホラーと比べてもでらこええ!(゚Д゚”;)

執拗に追ってくる殺人鬼と鬼ごっこ。どんなに逃げても動きを読んで先回りされ、毎度主人公は間一髪のところで脱出する。そういうアクション系スリラーだと言ったら多くの人が理解し納得してイメージを掴んだつもりになれるでしょう。

しかし本作は、そんなわかりやすいエキサイティングを提供してくれる代物ではありません。追い詰められていく恐怖には違いありませんが、主人公のジムは生物的や物理的に追い詰められると同時に、何よりも社会的に追い詰められていきます。広大なテキサスの砂漠のど真ん中で。「ジョン・ライダー」*2一人の手によって。理由も判然としないまま。

車を止めるたびにジムは襲われ、しかしなぜか殺されない。関係のない周りの人間ばかりがことごとく殺されていく。なのになぜか殺してもらえすらもしない。

彼我の単純な力や知能の差ではない何かによって、不条理に追い詰められていく恐怖。その追い詰められた先に何が待ち受けているのかも本当に予測がつかない恐怖。「ジョン・ライダー」は殺人鬼でありながら殺人鬼の役をしない。本作を観終えた後、「ジョン・ライダー」こそ唯一無二にして本当のサイコであると思うようになっていてもおかしくはないかもしれません。

  

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4.「ジョン・ライダー」はサイコパス

 

そもそもキャラクターで言うところの“サイコ”とは何ですか?

サイコパスの略。精神異常者、 倫理破綻者、多重人格者。種類はいくつかあると思いますが、多くの場合は極端に常識が通用しない者で、過激に非社会的な“悪さ”をする輩のことを言うと思います。フィクションにおいて、彼らはたいてい共感できない倫理観や独創的な“常識”を携え、それに基づく行動に突っ走るものとして描かれています。『武器人間』のヴィクター博士や『ムカデ人間』のハイター博士などのマッドサイエンティストしかり、『ソウ』のジグソーや『ダークナイト』のジョーカーなどのある種の破戒者たちしかり。彼らは確かにどこまで行ってもどこを切っても《悪》ではあるものの、その行動と精神は各々の《悪》たる信念によって貫かれています。悪っていうかアクが強いだけで、彼らの言動は常に理には適っている。ということはわりと観察すればこちらにもわかる話なんですよね。フィクションのサイコは理解が可能であると。

そこへ来て本作のサイコ野郎「ジョン・ライダー」ですよ。彼は正直、まったく理解できない。その何が怖ろしいかといえば、理路整然としているようなのにやはり理解できないというところなんです。

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信念を持たず支離滅裂な行動を行うのは、それは壊れた機械かモンスターです。何をしでかすか予測がつかないというのも確かに恐ろしいし、「ジョン・ライダー」にはそういう怖さもあります。しかし、相手の行動が完全に支離滅裂なものであると悟ったとき、私たちにはそれをそういうものとして受け入れることも可能です。予測も理解も不可能であって当たり前、あれはそういうものだ、という結論を出して、人間は気持ちを落ち着かせようとするのです。「理解できない」ということを理解するわけです。

しかし「ジョン・ライダー」の行動は支離滅裂なオカルトではありません。信念か何かの目的があってジムを追い詰めているような、そんな生物的な一貫性があるような気にさせられます。なのに目的の面でそれがよくわからなくなる。これかな、と思うものがあっても、後で否定するような要素が出てきたり、決定打に欠けたりする。そのうち一貫性についても、あるのかないのかよくわからなくなっていく。いや、やはりどこか理路整然とはしているようなのです。掴めそうな気がするのに掴めない。自分の尻尾を追いかける犬みたいにぐるぐる回らされる。

人間は理解できないものに恐怖します。「理解できない」という理解すら、その恐怖を和らげるためのものです。「ジョン・ライダー」は理解できない。しかしなぜか理解できそうな気にさせられる。どっちつかずのままずるずると誘われ続けて、「理解できない」のかどうかすら理解させてもらえない。その不気味さは身も凍る恐怖とも身の毛がよだつおぞましさとも異なり、こちらに思考を放棄もさせないというだけのことで延々と責め苛み、逃れられないような印象をゆっくりと焼きつけてくるのです。

  

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5.彼は限りなくオカルトに近い“人間”

 

見ている間はホントに「ジョン・ライダー」が何を考えているのかわからなくて、わかった気になりかけてもすぐにまたわからなくさせられての繰り返しで、なまじジムにつかづ離れずでしかも神出鬼没すぎるものだからもう吐きそうなくらいドキドキしてましたよ。どんなに相手の考え方がこっちにとって絶望的でも、その考え方が見えない方がよっぽど怖いものなんですね。いや正直最後まで観ても結局「ジョン・ライダー」が何を考えていたのかよくわからないままだったのですが、この記事を書いてる途中でようやく自分なりにまだマシと思える解釈が出てきました。

男はやはり、ジムに殺してもらいたかったのは本気だったのです。ジムが自分を一度撃退できたのを受けて、彼ならできるかもしれないと思ったのでしょう。その自分の自殺願望を理解させるために、「もういっそ殺してもらいたいのに殺してもらえない」という感覚を味わわせた。その意図まで含めて最終的に伝わったからこその、ジムの「あいつは俺が止めなくては」だったのではないでしょうか。

なんていうか、言えよ、って言いたくもなりますが、殺してもらえないという不条理を不条理のまま教えるには、「ジョン・ライダー」の思惑がわからないようにする必要があったんだとも分かります。どうせジムが結論を出せるように誘導するのであれば、特に言う必要もなかったですし。また、せっかく特定の誰かに殺してもらえるのなら、そいつに自分を理解してもらってから殺してもらうようにしよう、というのは孤独な「ジョン・ライダー」からしてみれば至極真っ当な意見に聞き取れます。まあそのためにテキサスの地元警察がかなりの人員を死体に変えられている*3ので、ここにきて彼はようやく普通のフィクションらしい“サイコ”となるわけですが。

一つ断っておけばこの推論に観賞中に至ることはほぼ不可能です。って先に書かなきゃ意味ないですよね(^-^;)。ただそれはこの作品が、いわゆる最後までチョコたっぷり的な抜け目のない秀逸さで脚本を成り立たせているからなのです。おそらくこの映画なら、観ながら寝ちゃうタイプの人でも寝ないかもしれません。イチオシです。

  

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*1:商品の車そのものを運転して輸送する仕事。最近は長距離になるとキャリアカーでまとめて運ぶためあまり見ないはず。

*2:記事中常にカギかっこ付きなのは、偽名である可能性と、偽名であること自体が象徴的に思えるため。象徴だとすれば名前というよりもそれひとかたまりで一つの記号のような感覚もあり、そのためずっとフルネーム。少なくとも彼を「ジョン」とか「ミスター・ライダー」とか呼ぶのは何かしっくりこない。「ジョン・ライダー」は「ジョン・ライダー」である。

*3:それにしてもハイウェイ警察の柄の悪さというかもはやチンピラぶりが秀逸。しかもその悪辣さを「ジョン・ライダー」に利用される始末。