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case.728

映画とお人形ばかりで恐縮です

映画録75『フィルス』

映画

関係あるようでないいつもの徒然

昔入れ込んでたジグソーパズルでお世話になってたショップに、1000Pパズルが一個半余裕で変えてしまう額のポイントが貯まってるんですけど、なかなかこれを使って買いたいという商品が見つからないんですよね。
当時ジグソーパズルを集めてたのは、壁に貼る“絵画”をコレクションする感覚だったので、「この絵がステキ!」と思うもの以外買っていませんでした。中には絶版品もありながら血眼になって探したり、掘り出しもののバーゲン品に飛びついたりと、まあそれはいい思い出です。
しかしそういう作品を漁り尽くしてしまってから、さて、貯めたポイントで久しぶりに一品、と思ってもなかなかピンとくるものがありません。おそらくそれで最後になっちゃうだろうというのもあるのですが、それ以前に絵として「俄然これが欲しい」みたいな感覚の湧いてくるものが見当たらないんですよね。これが単に、新しい商品と自分のセンスとが噛み合わなくなったから、だったらまだいいし、しょうがないとも思うんですけど、自分が絵に対してスゴイとかステキとかポジティブに考えられる感覚がすり減ってしまったせいなんじゃないかと思うとやり切れない気持ちになります。大人になって好みが変わったといっても、今の自分の好みに合う商品がないということはないんじゃないか、とも思うわけです。好みの合致を見出せないのは自分の心が貧しくなったからじゃあないかと。
似たようなことはいろんなものに思いますね。自分にも他人にも。他人で目につきやすいのは映画や音楽。あとは漫画とかですか。「昔はよかった」「今は駄目だ」「ああいうのが流行りなのかしら(嘆)」本当にそうか?と思うことしきり。本当に面白くないのは君自身ではないか?視野の広さ。見識の広さ。一方で、本当にそうだ、と思うこともしきり。ジグソーでも、CGイラスト系日本人作家たちの作風はなぜか似通っているし、ガーデン系も似たような構図と印象ばかり。やっぱり他人のせい?とはいえ、他人のせいにした方が味方が見つけやすくて楽ですよね。と、考えることしきり。こう思考は無限ループして、期間限定のキャンペーンポイントが無に帰る、と。
うーん、SHUさんは昔のもっと含意あるテーマの方が好きだったなあ。



※case.728の映画録は、5段落前後でまとめる既観賞者向けの参考記事を目指しています。ネタバレ・解説記事ではありませんが、物語の中核には触れているので未観賞の方はご注意ください。


フィルス / 作品情報

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「俺のルールに例外なし」
原題:Filth
2013年/イギリス
上映時間:97分
映倫区分:R18+
監督:ジョン・S・ベアード
製作:ウィル・クラーク
原作:アービン・ウェルシュ
脚本:ジョン・S・ベアード
撮影:マシュー・ジェンセン
美術:マイク・ガン
編集:マーク・エカーズリー
音楽:クリント・マンセル
キャスト:ジェームズ・マカボイ、ジェイミー・ベルイモージェン・プーツ、ジョアンヌ・フロガット、ジム・ブロードベント、エディ・マーサン、シャーリー・ヘンダーソン
(あらすじ・解説)
トレインスポッティング」原作者として知られるアービン・ウェルシュの小説を映画化し、悪徳刑事の巻き起こす事件をジェームズ・マカボイ主演で描いたクライムコメディ。同僚や友人を陥れる裏工作や残業の不正申告が得意で、売春、不倫、アルコールやコカインにも手を出すスコットランド人刑事ブルース・ロバートソンは、ある日起こった日本人留学生殺人事件の捜査を担当することになる。初動捜査では目撃者が見つからかったその事件を解決してみせ、出世しようと目論むブルースだったが、捜査を進めるにつれて過去の自分と向き合うはめに。やがて目撃者とされる謎の女の存在が浮かび上がり……。
(以上、映画.comより)


映画『フィルス』R18+版予告編 - YouTube


1.“悪魔”でも“鬼”でもない“小物”の王

世に悪党と呼べるものはたくさんいる。無数にいる。悪徳も突き詰めるとキリがありませんし、何が悪で何が正義かの問いに答えはない。とはいえ、結果的に悪党と呼べるものの内側では、程度の問題で三つに大別できるんじゃないかと思います。
一つは“悪魔”。
悪徳と呼吸が同じ人。要不要にかかわらず悪行を為し、良心の寡少さと悪徳の度を競い、究めんとする者。他者を貶めることに愉悦を見出す一方、それは必ずしも自尊や保守のためではない、手の付けられない魔物。
一つは“鬼”。
目的のためなら手段を問わないという意味での悪。あるいは手段のために目的を問わない場合もあり、ことによっては自傷さえもいとわない。盲目的、狂信的で手の付けられない怪物。
そして、そのどちらにもなり切れない“小物”*1
悪党になりたいわけではない、なとうとも思わないが少なからず良心を欠いた行いをなす人から、“悪魔”としても“鬼”としても詰めが甘い者まで、実際にはほとんどすべての“悪党”がこれに当てはまることでしょう。そもそも“悪魔”や“鬼”になり切るのは常人には到底不可能に近いはず。とはいえ、“小物”にだって小物なりの特徴があるものです。
普通映画や小説が悪党を描くとき、目指すのは“鬼”か“悪魔”です。見かけが小悪党だったり、多少人間味を残していたりしても、本質的には“鬼”や“悪魔”のモンスター。だってその方が強そうだしかっこいいもんね。
にもかかわらず、本作が描くのはその二つのどちらでもない“小者”。三下。ドサンピン。主人公はその王様とでも呼ぶべきキャラクター。悪党ながら“小物”の“小物”たるゆえんのようなものをありったけ詰め込んで突き詰めに突き詰めた、まさに小物オブ小物。本作こそは“小物”の教典。真の“小物”と呼ばれる悪党とはいかなるものか。本作がなぜそのような人物像に挑んだか。知りたいという奇特な方には是非ともご覧いただきたい。「すごい悪役」で魅せるメソッドに最近飽きてきたという人にも是非。


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2.小ささ最大級!

とりあえずブルースが悪党であることはあらすじの通り。ただその悪行の羅列からすでに“小悪党”ぶりが光っています。
とにかくこすい!せこい!やることがちっちぇえ!
「同僚や友人を陥れる裏工作」って言ったってあれですよ。裏で悪い噂を流して仲違いさせようなんて序の口で、気が利かないふりをして人の陰茎のサイズを暴露してみたり、同性愛を隠してる同僚の中傷を便所の壁に落書きしてみたり、友人の奥さんに性的なイタ電をかけたり、同僚の奥さんと不倫してみたりって、かつてこれほど極悪非道(笑)な悪党キャラがいたでしょうか!(笑) いやさ、出世のライバルを蹴落とすために手を尽くしているならまだ理解くらいできるものの、まったく関係も必要もない悪いことにまで平気で手を出すから始末に負えません。

七津の個人的に許せないブルースの悪行リスト(順不同)

  • 道端で目が合った少年の風船を取り上げてドヤ顔で空へ飛ばす
  • 道端でトランペット吹いてる人の前で耳をふさいでガンを飛ばす
  • 道端で話しかけてきたおっさんのビール缶(まだ残ってる)をなんとなく倒す
  • ティーンの女の子が成人彼氏とエロいことしようとした現場に乗り込んで「弁護士のパパに知れたらパパの仕事はどうなっちゃうかなー」と言ってズボンを下ろす→噛まれる→怒って彼氏の方に八つ当たり。同僚と二人がかりで脅して失禁させる
  • 誰の陰茎が小さいか知ってるくせに「コピー機で一人一人ナニをコピーしてきて婦警に当てさせるゲーム」を提案。そして自分だけ拡大コピー
  • 自分でイタ電をかけた友人の奥さんに捜査の名目で近づいて色目を使う
  • フリーメイソン友達とフランス旅行に行った折、初日でその友達の眼鏡を割って川に捨てる
  • イタ電の犯人をその友達に仕立て上げる
  • 自分で書いた便所の落書きを自分で告発して間接的に同僚の性癖を暴露
  • 金で雇った男に同僚一同の前で「ある同僚と偶然再開したホモダチ」のふりをさせる

眼鏡は本当に許さないよ(by 一眼鏡男子)
実に毎度毎度「ねえ、どうしてわざわざそういうことするの?」と聞きたくなるような悪行ばかりなのです。これまた暇さえあればそういうことをくり返すものですから、その淀みのなさと徹底ぶりにはむしろ血迷って尊敬さえしそうになります。ウォール街の狼とは別の意味で格が違うのです。
ただ、こうちっちゃい悪行ばかり積み重ねているから「小物の王」と呼べるわけでもないんです。彼が悪党たる原因と、小物でしかない真のゆえん、その両方が見えてきたとき、本作が掲げた「Filth」というタイトルにいかに真正面から向き合い挑んでいるかをも感じ取ることができるのです。


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3.がんじがらめの「フィルス」!

ブルースには幼い頃に自分より出来のいい弟がいて、他人からよく比べられていましたが、あるとき炭山のそばで二人で遊んでいるうち、弟が生き埋めになってそのまま死んでしまいます。大人たちは口をそろえてブルースが穴に突き落としたに違いないと言って彼を責めました。彼は自分はやっていないと主張しましたが、本当のところは自分でもよくわかりません。魔が差して憎い弟を無意識に突き飛ばしていてもおかしくないように思えますし、自分のしでかしたことがあまりに恐ろしくて記憶を書き換えたようにも思えます。しかし、大人たちが自分がやったと言うから、そういうふうに自分の記憶を信じられなくなっているだけの気もします。もちろん、真相を教えてくれるはずの弟が死んでしまった以上、真実は闇の中。ブルースは最後に父親から「このフィルスめ!」と呼ばれてしまいます。

filth
音節:filth/発音記号:fílθ
【名詞】【不可算名詞】

  1. 汚物、不潔、不浄
  2. 卑猥(下品)な言葉(or読物)、みだらな考え(思い)
  3. 道徳的堕落
  4. [the filth] 《俗語》 警察

Weblio英和辞典より)

❝filth❞が人を指す場合、その意味は「人間のクズ」とか「クソ野郎」とかになります。隠語として「警察」を指すことが本作のタイトル的にドンピシャに思えますが、本作はむしろ隠語の方が表面的意味。回りまわって❝filth❞=「クズ」(=小物。大物でない悪党)に戻ってくることこそが本質であり、真骨頂と言えるのがこの作品です。
父親から「フィルス」=「クズ」と呼ばれたブルースは、自分がそうでないことを証明するためだけに生きるようになります。自分が「クズ」でないことの証明。最初はもしかしたら「やさしくて偉大な人」や「素晴らしい人柄を持つ人」になろうとしたのかもしれません(そうでなければあんなに家庭的な奥さんやあのアットホーム・ビデオと今の彼があまりに釣り合わない)が、ある意味その勲章だった奥さんが他の男に取られたことで、彼の自尊心は致命的な傷を二重に負うこととなります。
“自尊心”はおそらく本作のキモです。
概ね多くの文明的な人々はおのれの自尊心をいかに救済できるかを指標に生きるものです。中でも自尊心の強い人が持つ目的は「大物になること」で占められるのではないかと思います。悪党の大物といえば“大悪党”。上で述べた“悪魔”や“鬼”に能動的になろうとするものです。
悪党の自尊心を差し挟むと、「クズ」と「大悪党」は対極のものとなります。「大物」は「クズではない」というわけです。
すなわち、一部の「大物になる」という目的は「クズ(小物)からの脱却」と同義です。
そしてそれは逆に言うと、「今の自分はクズかもしれない」や「クズでありたくない」といった思いがコンプレックスとなって行動(目的)に直結している人の場合を示唆しています。本作のブルースもおそらくその一人です。
一見ひたむきな野心に取りつかれているように見えるブルースですが、より厳密には彼はただ、見境なく他人を蹴落とすことで自分が常に高い位置にいるように見せかけることに必死で取りすがっているだけの、余裕のないコソ泥です。出世を望むのも、高い地位にいることを示す肩書きが欲しいがため。なぜ高い地位を欲したかといえば、高いところにいない負け犬こそが「クズ」であり、出世ができるすごい人間は決して「クズ」ではない、という❝俺のルール❞があったからです。


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これはあえて言わなくてもわかると思いますが、普通はすごい人間が出世できるのであって、出世できる人間がすごいわけではありません。❝俺のルール❞はこれだけで十分歪んでいます。
さらにこの❝俺のルール❞によれば、クズはクズゆえにすべてを奪われ、失い、一方でそうして失ったものは、クズでなくなることによってすべて手の中に舞い戻ってくるのだそうです。あの幻想の中のブルースの奥さんが、彼の昇進をひっきりなしに煽り、昇進しない限り自分には触れられない(「これは焦らしプレイである」)と言っていたのもこれを示唆しています。ブルースは自分で勝手に作り上げたその❝俺のルール❞に常に例外なく従うことによって、失ったものを取り戻さんと躍起になっていた男だったのです。
時折見える弟の幻覚も実は奥さんと似たようなもの。劇中のブルースはそれが自分を責めるために現れる弟の幽霊だと思い込んでいますが、実際は彼の幻覚だったとすれば、彼自身が望んで見ていたものだと考えられます。なにしろブルースが本当の意味で救われるには、死んだ弟の口からかつての炭山の一件の真相を語ってもらう以外にないはずだからです。逆に言えば、その弟がもはや死んでいる以上、ブルースの過去は永遠に精算されません。彼の救済は永遠に失われている。彼は過去の父親から永遠に「クズ」と呼ばれ続ける。だからこそ、他のもので無理やり帳尻を合わせようとして、余裕のない人生を送ってしまっていたと言えるのです。おそらく奥さんに逃げられたのも、そういう破綻のせいでうまくいかないことがちょっとずつあったからなのでしょう。結婚生活の中で人格の歪みが露呈してくるなんていうのは、よくある話です。


こうひも解いていくと彼が少しかわいそうな人物に思えてくるかもしれません。しかし、彼は結局は依然同情の余地のない真のクズです。なぜなら「大物(強者)は同情されない(される必要がない)からこそ大物である」という彼自身の❝俺のルール❞に基づいて、彼自身の手によってあらゆる同情の余地は根こそぎ放棄されているからです。
しかしながら、それこそある意味この世で最も「かわいそうな人」の姿なのかもしれない、というのが僕が本作を観て最初に思ったことです。本当にかわいそうな人というのは、自ら同情の余地を排除せずにはいられない人のことを指す。ただし、そういう人種に同情を寄せるという行為は、多くの良識的な人々のキャパシティを少なからず超えてしまうことでしょう。そしてそれは、ブルース自身が最後に望んだ理想の「大物」なのです。

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4.常に他人の評価が気になって

「目的のために見境なく躍起になっていた」と書くと、ブルースは先述の“鬼”に該当しそうな気がしてきます。しかしやっぱり“鬼”にもなり切れない“小物”です。なぜなら彼の目的の根幹にあるのは“野心”などではなく“自尊心”という、非常にナイーブなくせに曖昧この上ない代物で、そのおかげで行動の軸が常にブレッブレだったためです。
純粋に出世を望むなら、上司が何かについて批判的な物言いをしたのに対して目の前で憤慨し始めたりしません。人前ではばかられるような陰口を披露するのは相手を仲間だと思っているからで、その仲間から迎撃されたら敵以上に「アブナイやつ」と思い込んでも当然でしょう。一旦引いて押すような芸当の一環かと思いきや、ブルースはただ己の自尊心が間接的に傷つくのを察知して反射的に攻撃しただけでした。計画性なんてまるでなし。
目的が本質的に曖昧なので身から錆もボロボロ出ます。所々で人の悪口を流布していれば、発信源は誰だとなっていずれは行き着きますし、善人のふりをして痛い目に合わせるというのも特定の人物にくり返していればさすがに怪しまれ、恨まれるようになります。自尊心のために群れるのが嫌いで身近な人を片っ端から貶めるので実は味方もいません。強がっててもボッチです。自作自演のイタ電事件も、解決できないまま放置していれば上司から睨まれます。同僚の奥さんと不倫していればいずれバレます。序盤は何やらすごい自信に満ち溢れていて無敵の悪党にも思えるブルースですが、冷静に見直すとやることなすこといずれは破滅するとわかり切っているものばかり。目的のために手段を選ばないと言ったって、「選べない」では“鬼”にはほど遠いのです(ていうか“鬼”と“悪魔”の両得狙いは普通にダブルスタンダードですよね)。
終盤の「女装」ですらも、少々うがった見方かもしれませんが、ブルースの“小物”らしい軸のブレが見て取れるようです。半分笑い話みたいですけど、なぜ毛を剃らないのか。完璧に「キャロル、カムバック!」という心の叫びに呑まれて気が狂っているなら、顔も足もツルツルにしてあってしかるべきなのに、ツルツルどころかボーボーじゃありませんか。単純に絵としてすごいインパクトでしたから映画的にそうしたとも考えられますが、ブルース的にはまず、完璧な狂人にまでなり切れないという意味でも再び“小物”である上に、「普段のことを考えて」剃らなかったのではないかと思います。
ブルースのように自尊心むき出しの男子にとって、毛は他人に対して野性味を感じさせる必須のダンディアイテムです。髭のない奴はオカマだとまで思っていても驚きません。そうでなくても、髭モジャでワイルドにワルっぽくキメていた男がある日突然ツルツルにして来たら確実に笑いものです。つけ髭もカツラと同じ感覚でもってのほかです。それで笑いが取れておいしいと思えるならまだしも、自尊心でガチガチの男性は大方その手のヨゴレ芸に手が出せません。ていうかそう卑屈だとそれはそれで上司の器を問われて出世に響くと思い込みます。
キャロルを近くに幻想するための女装でありながら、徹底してしまうと幻想の「キャロル」が望む出世にも影響が出る。狂いたくても狂えない二律背反。中途半端に理性的。ていうか自分がちょっとおかしい自覚があってしかも結構恥ずかしいとまで思っちゃっている。だから自分に関係ないホモ差別にも突然ムキになる。そういうドツボにはまって身動きができなくなっているという点でも、彼は非常にわかりやすく“小物”なのです。


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5.「俺はクズじゃない!」と思いたい僕らの心にもブルース(だって王様だから)

それにしても本作は伏線の張り方と情報の選択のされ方が恐ろしく巧みです。本作の正体をいうと、実はブルースという一人の男についての叙事詩と言うべきものなのですが、情報の羅列にするとびろびろーと長くなる(しかも結構つまんない)はずのそれを、終盤の短い期間にギュッと凝縮しながら、大胆に折りたたんで、厳選された情報量から類推を誘うことですべてを表現しようとしています。そのため、弟に関する過去が今のブルースにどう影響しているかなどは、人間の自尊心や強迫観念の存在についてしばらく考えたことがないと理解しづらいものがあるかもしれません。が、ブルースという人間についてほとんどすべてのディティールと、彼が“小物の中の小物”であることは、濃密な脚本と繊細に織り込まれた伏線によって十分すぎるほど語られています。
あのお薬の時間博士やアニマルマスクの幻覚も面白いですが、中でも顕著なのはやはり彼の元奥さんである「キャロル」と関わりのあるものすべてでしょう。とりあえず、実現可能なら既観賞者を対象にアンケートを取ってみたいですね、「序盤でキャロルがすでに死んでいると思った?」「はい・いいえ」と。それから、異性と関係持ちまくりで、かつ、黒人には差別的な発言をするブルースが、上司の同性愛差別に対して妙に過敏なのはいったいどんな狙いがあったのか、と期待した人もどれくらいいたでしょう。少なくとも両方「はい」と答えた人は全員、終盤の真相でずっこけそうになったのではないでしょうか。
ブルースの“小物”としての本質の一つは、「男としてかなぁーり情けない男」です。
その点について本作は脚本による煽り方もかなり秀逸です。本作を観ながらこう思った人がいるかもしれません。「ブルースが悪いやつなのには何か理由があるはずだ」そこへあからさまに奥さんが死んでるっぽい描写をされると、「ブルースは奥さんを亡くしたショックで壊れてしまったんじゃないか」となります。なんか娘もいたらしいのに出てこないので、母子共々何か残酷な事件に巻き込まれたのではないかとさえ考えてしまいます。
そこまでもったいぶらせておいて、アレです。期待していたら肩透かし以外の何物でもないあの真相。期待とは何でしょう?人間がブルースほどまで堕ちるに値する残酷な過去のこと。観客の良心は観客にブルースがまったく同情に値することを期待させる。そこであの真相。なんかアレですよ。なんかそんなにかわいそうじゃないんですよ。
しかしながら本作の落としどころとしては、アレが大成功なのです。「なんかそんなにかわいそうじゃない」と他人に思われてもしょうがないような理由であそこまで堕ちる人。それがブルース。自尊心に呪われてしまった人。呪いから逃れるため、なりゆきで悪党になっただけの単なるコソ泥。


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驚くべきは本作自身がそれでまだ満足しなかった点ですね。ラストの自殺シーン、その最後の瞬間まで彼の“小物”ぶりと、その下地である自尊心の奴隷ぶりが表現し尽くされています。
彼は最後にこう言いました。「俺のルールに例外なし」
彼の❝俺のルール❞において、負け犬はクズです。クズはクズゆえにすべて奪われ、すべて失う。何も得てはならないし、何も奪ってはならないし、誰かに傷を与える権利さえもない。同情もされずに、死あるのみ。
自ら負け犬に行き着いたことを認めたブルースにとって、自尊心のための最後の砦が❝俺のルール❞でした。“大物”になるために自ら築き上げた❝俺のルール❞。その決まりを順守することで自分はまだ“大物”になれる。❝俺のルール❞のために自分は死さえもいとわない。ブルースが自宅で首をくくりかけたとき、ある出来事がきっかけで仲良くなりかけていた未亡人の母子が玄関口に立つのを見て、彼は蹴り倒しかけた椅子を慌ててつま先で繋ぎ止めます。ドアを開けるな、早く行け。念じるように見ているうちに母子が諦めて行ってしまうと、ブルースはにやりと笑いました。これでいい。❝俺のルール❞においてクズでない人たちがクズである自分の自殺を目にして傷つくことは許されない。俺は❝俺のルール❞を守り通しただけでなく、心優しい母子をトラウマから救った。カモにしていた友達にもビデオレターを送って謝ったぞ。ああ俺はなんていいやつだ。俺みたいにいいやつはそうはいない。俺はとてもすごいやつだ。俺はすばらしい人間だ。俺は全然クズじゃない!
ブルースは本当に最後の最後の瞬間まで“小物”としての己を貫きました。それは彼にとってそうする以外にできなかったからではあるものの、その過程ですべてを燃やし尽くさせた本作においては、その主人公に普遍の凝集たる“王”の称号はきっとふさわしいはず。自尊心は誰しもの心にあり、事実として自我を持つ人が人が幸福を得るための大前提ですが、それは時に呪いへと変わります。その呪いによって行き着く先があることと行けない地平があることの両方を、“小者の王”は如実に体現するのです。


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この未亡人(ジョアンヌ・フロガット)さんめっちゃかわいいけどね。美人だけどそんなエロくなくて、素朴なのが逆にいいよね。逆にね。

フィルス

フィルス

サナダムシが何だったのかとか、原作にはあるようだけれど映画だとちょっとわからないままのところがいくつか残ってはいる。それでも本作は秀逸にまとまっている方。

*1:よくある間違い:小者=1.身分の低い奉公人。2.武家の雑役に使われた者。小人。3.年若い人。/小物=1.こまごまとしたもの。小さい道具類や付属品など。2.つまらない人物。小人物。⇔大物。