case.728

映画とお人形ばかりで恐縮です

2014,2,6 AM1 【フィリップ・シーモア・ホフマン逝去につき】

あぁー、今度はマスターが逝ってしまいました…。

享年46だったそうで…若い。若すぎる。

……若すぎませんか?え、40代だったんですか?失礼ながらとてもそうは見えないぐらい老けてましたよね?禿げはカポーティの頃からですからともかくこのアンチエイジング全盛時代に40代で総白髪かつあのしわの数……。

やはり心労でしょうか。ドラッグにも依存されていたそうです。まだ確定ではなかったはずですが死因もそちらとの関連が深いらしいとのこと。近年はハリウッドの商業主義にうんざりして相当ストレスを溜めこんでいたとか。

そう聞くと無理もないような気がします。悪いのはドラッグかといえばそんな話でもないという。目先の悪魔を取り除いても他の何かに依存していたでしょう。そういう原因を生産しているのはどこか。商業でも芸術でも見境なくただ自分の楽しみとして肯定してきたぼくのような人間が憂いとして書き出していいのはたぶんここまで。

それにしても惜しいです。あまりこの言葉を使うと心無いかのように見られるかもしれませんが、しかし彼は俳優が嫌になっていたわけではないでしょう、おそらく。あの貫禄と濃厚な演技力の老熟していったはずの将来を、彼自身もったいなかったと悔やんでいるのではないかと、勝手な想像ながらしかしそう思わずには、もとい、願わずにはおれないのです。

もう一人のホフマンはちょうど30違いの76歳でご高齢。彼ももうしばらくしたら逝ってしまうかもしれない。だからこそ、くしくも同じ姓にして同様に名優たるフィリップ・シーモア・ホフマンが、跡継ぎのように控えているのか心強かったように思います。そういう心強さがあったからこそぼくらは拝金主義の前でも愚かでいられたのかもしれない。
しかし後ろを詰めていたはずの彼は何も言わずに飛び出して先に行ってしまった。ぼくの中の「ホフマンの系譜」に穴が空いた。それは商業主義一本化の憂う旗印が支えを一つ失くしたみたいで、時がたてばたつほどに心細さが刻々と募りゆくようです。皮肉にもうねりに飲み込まれ去勢さながらの運命を辿ったマスターの寂莫がかぶります。