case.728

映画とお人形ばかりで恐縮です

2014,3,12 PM12 【映画録29『ペーパーボーイ 真夏の引力』】


画像の鳥はエナガという日本の野鳥です。見てください、このまんまるもっふもふ!
書店でこのエナガの写真集を見つけたんですよ。残念ながら買えなかったのですが、こんなかわゆすぎて卑怯なレベルの小鳥今まで知らなかったと本棚の前ですっかり夢中になってしまいました。

さぞや珍しい野鳥かと思いきや、結構どこの山にでもいるそうです。ただし小さい上にかなり素早いので、見かけてもそれとわかる前にいなくなってしまうのだとか。
写真集、わりと貴重です。

エナガのねぐら

エナガのねぐら

※case.728の映画録は、5段落でまとめる観賞済みの方向け参考記事を目指しています(No.18から現在)。なのでネタバレについてはあることもないこともご容赦ください。

3月3日『ペーパーボーイ 真夏の引力


  • ニッコォォォォル!我が月!我が太陽!我が愛しのミューズ!?否!ビッチ!あくたれ!コソドロ!どうしようもないABAZUREの素晴らしいふぁっk(この段落は準備中です。すみやかに画面をスクロールして我が家の美少女を眺めつつ、次の段落へ移動してください)


Welcome New Face!! (Oct. 1, 2013)

  • 性懲りもなく後味の悪い映画と聞いて飛びついた本作。冤罪事件という題材も結構好みですし、しかし「解き放つべきでなかった容疑者…」という冤罪モノとしてはやや変化球な脚本を予告編から臭わせてきていました。あいかわらずサスペンス方面には飢えてますし。とはいえ、あまり構えて観なかったせいもありそうですが、スリラーやミステリとしてはイマイチでした。ノリが合わなかったと言い換えてもよさそうですが、とにかく脚本には期待しない方がいいですね。しかしニコールファンなら必見です。
  • どちらかといえば本作の実態はわりと社会派なテイストの群像劇にあります。本作の舞台である60年代後半といえばベトナム戦争の真っ最中でしたが、同時に公民権運動が尾を引く黒人が解放されてしばらくと間もなくの間くらいのアメリカでもあります。発端となった事件自体、田舎の保安官でやたら仕事にかこつけた黒人殺しをしていた輩が惨殺された一件ですし、黒人白人間の慣習による軋轢やら摩擦やらはまだ所々に残っていて、随所でそれが作品の展開や登場人物たちの内情にも影響を与えてきます。それと併せて白人間だけの貧困問題なんかも絡めてきて、裕福になりあがりつつある黒人といまだ喘ぐ白人の貧困層みたいな対比も、意識してかどうかはわかりませんが作られています。60年代前後のアメリカの内側は人権問題と運動の宝庫ですね。それが中核に来るほど頭でっかちな作品でもないと思うので細かい言及はよしますが、あの年代にあったと思われる、個人の感情と深くかかわりつつも外側にあるしがらみとして、アメリカの特色が活かされています。
  • 表現としてこの点は面白いのですが、しかし物語に関わってくる意味というか、あるいは効果みたいなものは、あんまりピンとこなかったんですよね。日本人だからでもあるんでしょうか。もしかしたらこれが物語的な要素を繋いでまとめる役割を果たすはずだったのかもしれませんが、そう見えないのでとっ散らかってる印象の方が強いのです。格別中身が群像劇的であるだけにさらに一体感のなさが際立って、作品として何がしたいのか、観終えた後に考え直してみてもあやふや。うーん。ていうかこの社会派的なところに焦点を当てないで、各人物を切り口にしてみてもやはりピンとくるところが見当たりません(´・ω・`)
  • しかして観るべきはもはやニコールです。ニコールばっかり見てたせいで話についていけなかったなんてことはさすがにないと思いますがあり得ない話でもなく。なにしろ本作でニコールが演じるヒロインは、四十がらみにして色狂いのとびきりキレたキャラクター。死刑囚に手紙を出して一番グッと来た返事を送ってきた男に惚れ、その判決をひっくり返して結婚したがっている女。当の死刑囚と面会に行けば情報収集そっちのけでエア・フェ○チオ。浜に行けばクラゲ毒治療と称して男に黄金水を引っかける。発想もそれを実行する行動力もすでに常軌を逸しているのですが、そういった行動以前に見た目からまとったオーラから何から何まで全身これビッチ、ビッチの権化と言わんばかりの役作り。いえ、パッと見た露出の多さやスカートの短さからそれがわかるわけではないのです。全身から醸し出される雰囲気です。そこに存在しているだけで匂い立つような強烈なド淫乱性。それは決して悪意を奥に秘めたヴィーナスではなく、ヒキガエルにべリアルが魔法をかけて作り出したような醜悪のエロスであり、内なる欲望のみをエロスに変換し、それだけで魔性のエロスを賄えてしまう、堕落の結晶ともいうべき姿なのです。ああもう、いいかげん語彙が鬱陶しくなってきました。しかしそうなるぐらい、具体的なエロスよりも抽象的な淫乱性を、ヒロイン・シャーロットは体現していたのです。ニコールの比類なき役作りによって!
  • 正直さすがのニコールも寄る年波には勝ててないわけですよ。肉のたるみ、目じりのしわ、ほうれい線。しかしむしろ本作の役作りではそれをそのまま味方につけている。若さと女性らしさとを引き替えに淫乱性を生み出すことに成功しているのです。むしろ2つのカテゴリは差し引かれるものであったと真理を訴えるがごとき所業。言い方は悪いですが、要は汚いのにエロい、もとい、汚いほどエロく見えるんです。性癖も人によっていろいろですけどこれはぼくの性癖のせいじゃないと断言します。少なくとも自分の性癖に基づいて見ればまったくエロくない、にもかかわらず、彼女はエロいと言わざるを得ない。もはや魔力の域です。岩井志麻子の小説に出てきそうですね。はたして歴代でもこんなに“エロい”女優がどのくらいいるんでしょうか。現役では間違いなく他にいません。
  • 本作のもう一つの目玉、ジョン・キューザックの話をする段落がなくなってしまいました。シャーロットが結婚相手に選ぶ死刑囚が彼の役でしたが、この死刑囚もまた結構キレてました。すごくわかりやすく言うと大柄な野獣そのもの。あら、美女と野獣でお似合いね、と悠長に言える余裕はありません。キューザックと言えばどちらかといえば迫力のない顔立ちをしていますが、彼の役は中身がどうしようもなく野獣。ニコールのヒロインもどうしようもなく肉食な野獣ですからね。野獣同士同じ檻に入れるならいいですが、外界で近づけあうと周囲の損害が半端ないことになります。自分としては『コレクター』であの顔に似合う中年男を愉しんだばかりということもあってギャップも凄かったです。あの大人しそうな顔が血走った目をして脅迫じみたことを言ったり怒鳴ったりするのって、下手に強面の人がそうするのとは違って得体の知れない怖さあります。不気味さゆえにより野生の獣らしいです。この彼の怖さは終盤まで持続するので、一味違ったキューザックを観られるというのでも本作は悪くないのかも。