case.728

映画とお人形ばかりで恐縮です

2014,3,18 PM7 【映画録31『エビデンス -全滅』『闇の帝王DON -ベルリン強奪作戦-』】


本日のお品書き

  • エビデンス -全滅-
  • 闇の帝王DON -ベルリン強奪作戦-

上の画像は先日同映画の記事で紹介していた劇場版モーパイのアニメイト連動特典ポストカード。ついに手に入りました!
このイラストも吉井ダン先生なんですね。とっても色っぽい茉莉香船長もとい茉莉香さん♪
劇場版で見出した新たな魅力そのものです。いつもが腰から下ばかり強調されて目もそっちへ行きがちな分、実は結構グレイトであらせられる胸元の魅力もまた新鮮。
何よりこのDTキラーな眼差し!どう考えても逃げられない彼方くん。オネショタにまで手を広げた撃墜王にもはや死角はわずか…。
円盤買ってもこれ持ってないと何か格好がつかないような気すらしてしまいます。気のせいか。気がヘンだ。これぞ魔性。

※case.728の映画録は、5段落でまとめる観賞済みの方向け参考記事を目指しています(No.18から現在)。なのでネタバレについてはあることもないこともご容赦ください。

3月13日『エビデンス -全滅-』


  • 既存の手法に対して変化球を投げるだけではなく、手法そのものの裏をかくというのはえてして劇薬的で、賛否も分かれやすいものだと思います。モキュメンタリー(POV)手法も黎明こそ劇薬的でしたが今や一手法という名の地位と落ち着きを獲得し、そういう意味では裏をかかれるにはちょうどいい頃合いだったのではないかとも思います。本作の結末について「それはない」と言いたい方は少なくないでしょうが、後代で惰性に陥ることも危惧される劇薬的手法に対して挑戦的に挑む姿勢というのはそれだけでエネルギッシュで作り手の意気を感じられるというもの。出来自体も決して悪くなかったという上で、本作の大胆な仕掛けは個人的には多大な賛辞を贈るに値するものでした。これは好きです。
  • 変化球という側面でもしょっぱなから快速気味な本作。「EVIDENCE=証拠物件」が示す通り、事件の重要証拠と目されるビデオカメラに録画されていた映像を、映画の観客は捜査官たちと共に検証していくという趣向。このとき、捜査官たちのためのパートは普通のドラマ仕立てで、作中に観客と同じ証拠映像を“観る側”を配置することで、POVパート側にありがちな導入の唐突感を解消しています。同時に、いわゆるブラックボックスであるPOVパートに対して、捜査官たちと目線が重なることで観客に推理させるよう促す効果にもなっています。同じく“観る側”を用意している『V/S/Hシンドローム』等に比べると手法に対してストイックであるとは言いがたいですが、本作の場合は観客側の推理に関するモチベーションを引き出すことは不可欠だったでしょう。要するに、POVパートよりも捜査ドラマパートに無意識にのめり込ませることの方が実は肝心だったというわけです(逆にいえば、観る人の姿勢によってかなり印象の異なってしまう作品でもありました)。
  • 都合的なところで言えば、カメラが三台あることによるネックの解消も同時になされています。POVだけでカメラを替えられると、これはどのカメラかという戸惑いと、それを緩和するための演出や編集をなるべく不自然でない形で行わなくてはなりません(ex.「ハロー。これはダニエル(仮)のカメラ」という第一声、など)。ストイックな言い方をすればそこは創意工夫のしどころですが、本作のように「刑事が捜査しているふう」を装うのに「とりあえず流してるけどこれはどのカメラ?」と考えなくてはわからないというの状況はかなり間抜けです。やはり本作では、観客が捜査する側の視点に立つにあたってはなるだけ抵抗を感じず、無意識に誘導されてしまうくらい自然となる方がよかったのです。
  • 真犯人の動機については、仕掛けの是非以上に好き嫌いの分かれるところかもしれません。本作で行われているPOVに対してのいわゆる“反側技”である仕掛けに対し、犯人の動機は最も都合のいい設定を持ってきただけであって、それを許せばフィクションがもはや“何でもあり”となってしまうだろう。という批判が最たるものでもっともなところだと思います。手法に関する秩序の形成はフィクションの尊厳を支えるにあたって不可欠のものです。しかしながら維持までそこに含めるかどうかは個人の価値観によってそれぞれでしょう。乱され得るPOVの秩序は一旦落ち着いたところですから、タイミングとしては間違っていないでしょう。
  • 個人的な見方をいえば、サイコパスの動機はむしろ弱い方がいい場合もあると思っています。弱ければ弱いほどいいというわけではないので結局のところさじ加減なのですが、常人に理解し得ない弱い動機で動くことにこそある種のサイコパスに対する恐怖があるのではないかと。無論、本当に弱い動機で動いてしまうサイコパスを描いてしまうと作品全体が説得力不足に陥りやすいわけですが、ぼくの中でそれはあくまで商業的な課題に分類されています。数ある映画作品の中には充分超常的なサイコパスながら説得力豊かに描けている作品もあるわけですが、残念ながらPOVでは(今のところ)そこまでの表現に向かないようだとも言えるわけで、仕掛けの方を重要視した本作のような作品であれば、キャラクターの深みなどについてはひとまずおいておいても愉しめるのではないかと考えられます。

3月14日『闇の帝王DON -ベルリン強奪作戦-』


  • 不吉な前置きで始めてしまいましたが本作はあんまりインド性が感じられなかったインド映画。こう、湯水のように予算を注ぎ込んでいらんところにまでお金をかけたような不敵さが感じられず、二時間半の尺なのに大味脳筋なアメリカ映画をそれへ引き延ばしたような感じしかしませんでした。主役も悪なんだか正義なんだかで、脚本が大雑把なのはインド映画らしいにしても本作はしまりのなさばかりが目立っていました。映画の途中で眠くなったのは久しぶりです。
  • 主人公は裏社会でも恐れられている極悪人で、通称ドン。孤高の彼は攻略不可能と言われているお宝を狙っては必ず強奪を成功させ、絶対に捕まらない、いわばインド映画版ルパン三世。銭形のとっつぁん位置に美女がいて、彼女を惑わせながら今回はベルリンの巨大銀行にある現行紙幣の原版を狙う。しかしドンがかき集めた共犯者たちは、いつ裏切られても絶対に文句は言えないかつての敵や自分を狙う暗殺者たちだった!
  • こういう感じの触れ込みだったのでしょうか。少なくとも「堅牢無比な銀行へのアッと驚く潜入方法」を期待して観ると、普通に物量と電子技術に頼った力技なので拍子抜けします。インド映画なので悪人同士の駆け引きなんかにはあまり期待していませんでしたが、こちらも本当にアッと驚くような展開はなし。いや、脳筋映画なら脳筋映画として楽しめるはずなのですが、作戦開始までがダラッとした導入で、間をつなぐアクションも地味ではないもののアメリカ映画でよく観るレベル。なによりダンスがない。絵的にも彩りに乏しく視覚的に楽しくなかったのは致命的なところ。
  • ドンのキャラクターが個人的にハマらなかったのも痛かったですね。どうしてもルパン三世と対比させたくなりますが、ルパンが「小物っぽい大物」だとしたらドンは正直「大物っぽい小物」という印象がぬぐえません。難しいものを狙って結果を出す大物ぶり。狙った獲物は逃がさない。ヘマはしない。いつも余裕のある態度でアソビも忘れない。クールに決める。なんだか完璧超人なドンなのですが、これが主人公で本当に極悪非道なあたりにちょっと親和性がないというか、積載過多で食傷を起こしている嫌いがあるのでしょうか。余裕があるわりには容赦がなかったりする、端的にいえば普通に“ヤなやつ”です。『ブリッツ』を観たときに「これはぼくの好きなステイサムじゃない」と思ったのもそうですが、「どこまでもついていきたくなるような魅力」が欲しいんでしょうね。ドンに関しては「かっこいいけど勝手にやってろ」という感想が正直なところです。

脚本畑の人間だけにインド映画とそんなに親和性高いわけでもないんですよね、今さらですが。かなり昔にアニメの実写化映画祭り(地獄)やったときもしばらく気分が塞ぎましたし。ときたまお酒でも飲みながら観るからいいんです。

というわけでボリウッド4、一気に消化することはせず、少しずついきましょう。『きっと、うまくいく』とかは正直好きでなくはなさそうなので。