case.728

映画とお人形ばかりで恐縮です

4月29日【映画録39『コンプライアンス -服従の心理-』】

※case.728の映画録は、5段落前後でまとめる参考記事を目指しています。
ネタバレするかしないかは各記事の都合によってまちまちですので、しててもしてなくてもご容赦ください。

4月28日 コンプライアンス -服従の心理-

「きみは実に協力的だ」


1.アメリカで実際に30州にも渡って数十件規模で起こった“イタズラ電話”事件が元ネタ(正式名『ストリップサーチいたずら電話詐欺』。本作は特にケンタッキー州での一事例に添う。←Wikipediaリンク)。飲食店の事務所直通電話などに突如として「事件捜査中の警官」を名乗る人物から電話がかかり、「従業員の一人が客の金を盗んだ」と嘘をついて、店長などに捜査の協力を“お願い”する。警察という身分を信用してしまった店員たちは、“容疑者”と思しき店員を事務所に監禁し、挙句「服を脱がせて盗品を探す」といった指示にまで従い始めてしまう。電話というツールの特質を巧妙に利用し、かの恐ろしきアイヒマンテスト(Wikipediaリンク)を実際に悪用したマインドコントロール、その最悪のケースの一部始終をつぶさに再現してみたのが本作です。


2.舞台となるのは金曜日のファストフード店。ただでさえ人手が足りなくててんてこ舞いなのに、その前の日に誰かが冷蔵庫を閉め忘れたせいで大量の材料がダメになって大わらわ。病休中の支店長を気づかって実質一人でこの事態に対処しようとしていた、中年女性マネージャーのサンドラは、そんなストレスカンスト状態で“自称警察官・ダニエルズ”からの電話を受けてしまいます。“容疑者”として指定されたのは、「レジに立っている若い金髪の女性定員」。「ベッキーのことですか」と問うと「そう、ベッキーだ」と答えられる。ダニエルズの指示に従い、サンドラは“警官が身柄を引き取りに来るまでの間ベッキーを監禁。“ベッキーが拘置所へ送られないように”彼女に服を脱がせ、身体検査。服は返さず“捜査官に引き渡すため”駐車場の車の中へ。そして“サンドラが店に出るために”信用できる人間に見張りを交替。最終的にサンドラは仕事終わりで手が空いていた自身の婚約者を店に呼び、ベッキーとふたりきりにしてしまう……。


3.言わずもがな望むところでしたが、まあ胸の悪くなる映画でしたね。電話口の“警察官”の発言をまるきり信用してしまい、扱われている事の緊急性や重大性から冷静な判断力を失くしてしまう。司法組織に協力を仰がれ、解決のためには非人道的な処置もやむを得ないのだと、“捜査協力”を正当化し、納得してしまう。やがてその正当化のうちには自信の鬱憤やら欲望やらが紛れ込み、一線すらも越えようとする。これらすべてが悪魔気取りの愉快犯でしかない“自称刑事”の手のひらの上で転がるところまで転がっていく、という、“悪意あるアイヒマンテスト”の様子をずっと眺めさせられるわけですから、こちらの精神衛生にいいわけがありません。といっても、いわゆる胸糞映画というくくりの中で見ると、まだ比較的マイルドな部類ではあったりします。中級者向け、いやさ、入門用でもいいかもしれない。若干アフターケアのないわけではない脚本でもありましたし。


4.あらすじ書いてみたらライトマニア向けのAVみたいだと思ってしまったのはナイショです(ベッキー役のドリーマ・ウォーカーさんめっちゃ美乳なんだもの)。これでも本当にあった事件なんですから。という意味では恐ろしくも興味深い内容ではあるのですが、本作からリアリティを感じようとすると少々難しいものがあります。リアリティがあるかないかというよりも、没入度や牽引力のせいでそれを感じにくいといった方が正しいかもしれません。実際の事件を忠実に再現しつつも、映画的な面白さを演出しようと四苦八苦はしたらしく、わりと緩急を大事にした展開になっているのですけれど、これが作品のフィクションチックな印象を強めてしまっているようでした。映画的に面白いせいで現実感がないという現象。そして現実感を求めたい作品でこれだと、あんまり没入できないせいで集中力が持続しなくなってきます。一方で再現性は大事にされていますから、どんどんリアリティが遠くの方で一人歩きを始めて、“現実感のある他人事”になっていくんですよね。極めつけに展開がとても遅い。90分映画なのですが、開始3,40分くらいで眠たくなってきてついにシークバーを確認してしまいました。


5.そもそもマインドコントロールを題材にされると、実際の被害を受けた自覚のある“経験者”でもない限り、登場人物に共感しづらいものです。やはり画面のこちら側からすると「どうしてそこで逃げないんだよ」「かけ直して確認するという選択肢はないのかよ」と、とにかく逃げ道を見つけてしまってイライラしてしまいます(もっと包括的に見れば、状況及び精神的にその選択は不可能であると、頭ではわかるんですけどね。頭では)。良質な“胸糞映画”はこの現象を利用してさらに煽り立ててきたりするんですが、本作はそのあたり、わりとストイックというか淡泊。一因としては、実際の事件では明らかになっていない犯人の描写が中途半端だったせいでしょうか。


6.本作の犯人の顔は最初から観客には見えているタイプなのですが、正直そんなに行動が“感動的”でないんですよね。電話をかけながら平然と食事をしたり娘と楽しそうに会話してるのは、ムカツクといえばムカつくのですが、「外面上善良な市民がこんな事件を!」というのはもう古典的でしょう。劇的な犯人像であればいいというわけでもありません。これならもっと普遍的な偏執性を掘り下げてみてほしかったということです。特に、電話をかけながらとっているあのメモの内容を、チラッとでも教えてくれなかったのは痛恨に思えます。『388』の犯人のような変態性もお持ちのようでしたから、あのメモは犯人の内面の象徴だったと言っても大げさではないでしょう。そしてもしあのメモの内容をぼくらが見たとき、「これなら自分にもできそうだ」と思えてしまうようなものだったとしたらどうでしょうか。あるいは、「このメモを教科書にすればできそうだ」。本作のような作品が持つべきスリルは、そういう“思いがけない身近さ”にあったはずだとも思うのです。



リフォーム後最初の映画録。若干長くなりました。
これからはなるべく1作品か2作品ずつあげていこうと思います。

ここはいつものようにどうでもいい雑記ですが、TSUTAYA DISCASさんの先月分のレンタル権使い果たしてたはずなのに、日曜日くらいにもう発送してきたんですよ。
ウェブのマイページを観に行くとまだ4月分の残りレンタル権についてしか表示してくれていないんですが、これってやっぱり5月分?ですよね?(・ω・`;)