case.728

映画とお人形ばかりで恐縮です

5月7日【映画録41『凶悪』】

※case.728の映画録は、5段落前後でまとめる参考記事を目指しています。
ネタバレするかしないかは各記事の都合によってまちまちですので、しててもしてなくてもご容赦ください。

5月5日 凶悪

「神様は私に言いましたよ。生きて罪を償えと」


1.実在のとある死刑囚が獄中から記者を通して首謀者を告発した自らの余罪、闇に葬られた複数の殺人事件に関わる、その終幕までのドキュメント。冷酷非道なとある不動産ブローカーは「先生」と呼ばれ、ヤクザと手を組み、違法な借金取り立てや保険金殺人の幇助を繰り返していた。その犯行の様子が人の所業とは思えないほど凶悪にして残虐この上ないものと聞いて、『冷たい熱帯魚』あたりを思い出しながら是非とも観たいと思っていたのですが、今日は今度こそさすがに期待しすぎたと言わなくてはならないようです。もっとこう、えぐり込んできてほじくり返してくるような何かがあるものだとばかり思っていました。


2.正直「コレジャナイ」っていう感想ほど身勝手で強情で料簡の狭いくせに善人面した臭い代物はこの世に他にないといつも思っていますが(期待させといて拍子抜けっていうのとはまた区別しづらいんですが)、今回はどうしてもその「コレジャナイ」の域を出て楽しむというところまで行けませんでした。確かにノンフィクションであるということを下敷きにして考えれば、「こんな凶悪事件が実際に!?」「か弱い老人ばかりが狙われた!悪魔の所業だ!」と一揃いの驚きを得ることはできます。しかし、個人的な感覚で恐縮ですが、映画という媒体を通して見たとき真に迫ってくるのは「身の毛もよだつような他人事」よりも「鬼気迫るフィクション」なんですよね。加えて僕の感覚っていうのは、あの藤井の上司の編集長とよく似ている。「ヤクザの人殺しなんてありきたりすぎてつまらない」『アンビリバボー』や『仰天ニュース』みたいなテレビのバラエティでなら観たいかもしれませんが、映画の長大な尺でダラダラとした再現映像が観たいとまでは思わない。


3.告発者である死刑囚・須藤純次(ピエール瀧)がヤクザだと知った瞬間など、ぼくの中で何か急激に醒めていくものがありました。ヤクザと来ればカネの話になるのも既定路線。証拠の死体を埋めるのも捌くのも焼くのも自殺に見せかけるのも、ヤクザとカネが絡めばむしろ当たり前の世界観になってしまう。『冷たい熱帯魚』の村田だって金儲けのためにヤクザな商売をして、その挙句に人を殺していたわけですが、あれが何より怖ろしかったのはカネよりもオンナよりも結局自分の自尊心と勘違いした万能感を第一に肯定してためらいなく人を殺していたからです(でんでんの怪演も無視できませんが)。本作の「先生」こと木村(リリー・フランキー)も、人殺しを人殺しと思わないほどの殺人鬼ですが、タガの外れ方としては一皮剥けていない。実在のシリアルキラーでもより怖ろしいのはごまんといると比べるようなことが言いたいわけではありませんが、結局カネというあたりでただのヤクザになりさがっちゃうんですよね。あまりに物足りなさすぎて、せめて食えよ、とすら言いたくなってしまう。


4.いやいや、タイトルに「凶悪」とつけるくらいですからね、凶悪事件を起こすヤクザたちを指して「凶悪」なんて誰でもできることをしたいのが本作の真髄ではありません。『愛、アムール』のような皮肉というか意地悪がないわけがない、というのは正直タイトルを見ただけでわかります。そして肝心のその意地悪までもが物足りなかった。いやさ、またも個人的な感覚の話で恐縮なのですが、僕にとって法律や正義の中の人の感情の在り処なんていうものは、ことあるごとに考えてしまっている極めて日常的なテーマなのです。まあ普段そういうことを考えない人たちが本作を観て考えるようになってくれればうれしいですが、そこまで説教じみた作りでもないのできっかけとしても機能するのかどうかは知りたいところ。


5.個人的にはぶっちゃけ、とりあえずはそこはバランスと両立の問題だっていう、議論のステップ1みたいなところの終着にはすでに至っています。その先まで行けるような“一つの結論”を提示してくれるのまだしも、このステップ1の議論を蒸し返してくれるだけのテーマでは気怠いことこの上ない。「犯罪者の告発を願う者が人の心であるなら、極刑を求めるのもまた人の心のなす処であり、それがいかなる副次的な目的であり手段であろうと明確な殺意にほかならない」「しかし人の心を排することが果たして究極の正義であり司法か」「究極じゃないとダメなんですか?」ってまたその話か、そこからかよ、と思ってしまう(もちろん、そのレベルをうろうろしていた若い時期が僕にもあったわけですが)。このテーマの人柱となる記者・藤井(山田孝之)が、事件そのものに魅了され、病的と言えるほどのめり込んでいく過程は、山田の好演のおかげで見応えのあるものとなってはいますが、藤井というキャラ自体がもうちょっと踏み込んだものを提示してくれればよかったように思います。ていうかやっぱり事件がしょぼいのが悪い。編集長と同じ感覚にさせられていては、事件にのめり込んでいく藤井に共感できないのです。もっとこう、ぐちゃぐちゃどろどろしてて、犯罪者側も憎み切れないようなどうしようもない感じがあれば別だったかもしれません。


6.最後に脱線じみた余談。同時期に公開していた『そして父になる』のおかげでリリー・フランキーのギャップがよく取り沙汰にされてるみたいですが、僕はなんかシリアルキラーとしてかすむ木村よりも普通に凶暴でヤクザーな順次くんの方がこわかったですね。木村はカネを通して関わらなければやり過ごせるけど、順二くんにはぶらり街で目が合っただけで殺されそうですからね。裏切りは許さねえってあのヤンデレぶりもやばいですし。そんでついでにオラフですからね、最近のピエール瀧って言えば。ギャップ的な意味でも僕は順二くん。


7.あと、酒好きのじいさんにスピリッツ一瓶丸々文字通りブッ込んで急性アル中で“ブッ込む”のだけはとてもかわいそうだと共感してしまいました。それが伊達や建前でなければですけど、酒好きを自称する人にとって、お酒を飲んでる時っていうのはね、本当に、なんていうか、救われてなきゃあダメなんだ。自由で、静かで、豊かで……。



試験終わるまで禁酒、とか殊勝な心がけがあったわけじゃあないんですが、もう1、2ヶ月飲んでませんか。
いやここ4ヶ月以内に飲んだのも広島に行った時と春休みに同窓と会った時の2回だけですね。
いいかげん昼も夜もコーヒー三昧じゃ舌がバカになってきそう。