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case.728

映画とお人形ばかりで恐縮です

5月14日【映画録44『ノー・ワン・リヴズ』/薬物依存に関わる雑記】

映画 ピックアップ 創作

※case.728の映画録は、5段落前後でまとめる参考記事を目指しています。
ネタバレするかしないかは各記事の都合によってまちまちですので、しててもしてなくてもご容赦ください。

5月12日 ノー・ワン・リヴズ

「私は彼の最高傑作」


1.気持ちのいいスラッシャームービーってどんなのでしょう。おバカで痛快なのも悪くありませんが、どうしようもない札付きたちが事故に遭うかのごとく怪物の餌食っていうのはいかがでしょう?郊外でちんけな商売やってる強盗団が、キャンピングカーの行きずり男女を襲ってみたら、実は男の方がサイコキラー。脅して口座のお金までいただくつもりが手違いで女が死んじゃった上に、奪った車のトランクには生け捕りにされた獲物のおまけがついてきた。当然サイコキラーはおっかけてきて、レベルが違いすぎる相手に強盗団は殲滅不可避!ていうかこのサイコキラーはいったい何なの!?女を生け捕りにしてどうするの!?ツヨイ・コワイ・キモイの三拍子揃った奴を相手に強盗団が追い詰められていくうちに、次第に奴と“獲物”の間にある目的が見えてくる……と、導入はわりかし新鮮でしたが、途中から諸々の興味が失せてきて。うーん、これは……人数が足りない?(サプライズシンドローム)


2.と、冗談めかして名前を出しましたが、『サプライズ』に『V/H/S ネクストレベル』と非常にテンポと構成の優秀な作品を観て日の浅いうちは、そこそこテンポがいいぐらいではもの足りなくてもしょうがない。箸休めをしたい気分でもありませんでしたし。いえ、序盤は確かにいいペースで掴んできて、なかなかインパクトのあるシーンも多かったのですけどね。掴みはバッチリ。中盤ぐらいからですか、特にインパクトの面でグンと失速してもいる感が出てきちゃったのは。


3.結局のところ問題は、件のサイコキラーがスラッシャームービー的に魅力的がどうかというところに終始することになります(だからこそスラッシャー=殺人鬼のムービーと連呼してるわけで)。強盗団の殲滅に取りかかった最初の頃っていうのは本当に、殺し方でもその後の死体の扱いからしてもツヨイ・コワイ・キモイの揃った殺人鬼がスクリーンにいるんですよね。彼の語り出しちゃう“ミナゴロシの美学”みたいなのもほどよくハッタリが効いていて期待させられちゃう。「シリアルキラーは一人ずつ殺すケチなやつ。俺をそんな奴らと一緒にするな」こんなセリフ聞かされたらお手並み拝見と言いたくなるのがスリラー好きの人情ってものでしょう。


4.しかし残念ながらこの台詞を吐いた直後あたりから、何やらいろいろ出てくるかに思えた仕掛けが見えなくなって、普通にプレデターと化す殺人鬼。背後から投げナイフで胸貫通するのは確かにすごい。しかも息の根止まってなくて苦しそう。でもこういうことじゃないんだよねぇー、と。急にそんなスタイリッシュにならないで、もっと何かねちっこくて偏執的で“搦め手”って言葉が思い浮かぶような追い詰め方をしてくださるみたいな、気がしていたんだけれど!分散した獲物に振り回されて目を向けてなかった方に逃げられる、なんて殲滅戦にあるまじき失態を犯してますからね。いやいや、車に発信機つけてるからだいじょうぶっ!うん。ちがう、ちがうんだよ、あんた芸術家なんだろ?だったらもっとこうCOOLにさァ!(雨生/cv石田)


5.サイコキラーと本命の獲物(誘拐されてるあの子)との間にある“歪んだ絆”みたいなものも、確かになかなかのキモさではあったのですが、同じくらいわりとどうでもよかったのは至極残念。結局そこの問題が逃げられるか否かに終始しちゃってる上に、“前例”を先に見ちゃって怖さが半減していたせいでしょうか。せめて今のカノジョ死なずに恐妻として暗躍しまくってくれた方が、“歪んだ絆”の持つ一種の魔力とか、墜ちたらこうなるみたいなのが具体的に伝わってきてよかったかもしれません。そもそも人質奪還と強盗皆殺しのダブルスタンダードがうまく処理できてないようだっていうのもあるんですけどね。


ところでここ最近、薬物依存症関連の書籍を読み漁っています。

実用的な意図はまるでないのですが、個人的なお勉強の一環として。いや資料として活用する目的だから実用性はあるのか。ていうか試験勉強をしろ(´・ω・`)

きっかけは今年に入ってから“薬物”に関連する映画を2本も劇場で見たからでしょう。『ウルフ・オブ・ウォールストリート』と『ダラス・バイヤーズ・クラブ』。
ダラスは劇中で、ロンが検察に言われた台詞の「あんたのしていることは麻薬の密輸と変わらない」が、ずっと頭に引っかかってたせいです。
劇場で観るのと家で観るのとではやっぱり残る印象の強さが違うんですねえ。

Q.覚せい剤ってどんなもの?
A.タバコやお酒みたいに“依存性”があって、健康に悪いもの。警察がダメと言っている。

実際、一般の多くの人の知識ってこんな程度なんじゃないかと思うんです。少なくともぼくはこんなもの。自分で使ったこともないし、使ってる人に会ったこともない。
“覚せい”剤なんだから、覚醒するんでしょ?あとは副作用があって吐き気とかでご飯が食べられなくなるから、昔は「やせぐすり」とか言われて……。
でもめっちゃガリガリに痩せてて青ざめて目の下にクマとかできるから、明らかに病気ってわかるし、そんなもんに手を出すとかみんなばかじゃねえの?

今こうここに書き出してみると、だいたい恥ずかしいテレビ知識だったと言わざるを得ないのが悲しいですね。危機意識を持つには充分だとしても、万一理解を求める立場に立ったときどうなることか。

たとえばウルフを観たときなんか、ディカプリオたちはあんな無茶苦茶やってて血色めちゃめちゃいいわけですよ。そりゃあの映画はギャグだから「あれがリアルなわけねえだろ!」って笑い飛ばすべきなんですけど、じゃあ自分はリアルの方を知ってるのかと聞かれれば、上述の通り、知ったかぶって笑っていたわけです。
しかもあの映画の脚本自体は自伝ですよ。顔色が悪かったかどうかはともかく、実在のヤク中たちはウォール街でビジネス的にハッスルしまくっていた。
ぼくらの持ってるヤク中のイメージが正しいなら、彼らが電話口で軽快なトークを飛ばす株屋なんてやれていたはずがないんです。

またこうなると、じゃあ“薬物”って何だという話になってくる。ここでダラス。
エイズの薬は関係ありませんけどね。しかし違法薬物と合法薬物の違いとは何だ、という話に目を向ければ、麻薬の場合は向精神薬が思いつく。いや、きっとその問題の中核を担うだろう“依存”という言葉まで視野を広げれば、依存なんてみんないろんなものにしているじゃあないか、タバコやお酒だけじゃない、恋愛にギャンブルに、趣味に命かけちゃってる人、それと何が違うんだ、という疑問に至るのです。
関係ないと言いましたが、“依存”の話からすればロンもHIVのための薬に依存していた。生きるために。死の苦しみから逃れるために。
ウルフも実のところしっかり考察すれば、ジョーダン・ベルフォートもまた人生のいろんなものから逃げや隠れをするために、クスリやお金やセックスに依存していたと言える面もあるのです。

病院では痛み止めにモルヒネを使う。
向精神薬を飲み続けるとそれなしでは眠れなくなる。
どうして薬を飲むの?生きるため?生活するため?死なないため?
理由も目的もなく人が薬を飲まないというなら、クスリに手を出す人は何にぶち当たっているのでしょう。人が風邪薬を飲まなくなるのは風邪が治ったときだけ。ヤク中は風邪を引いていない。何が消え去らないからクスリを飲み続けたのでしょうか。

知ってるつもりで知らないことだらけ。
知らないくせに、ぼくらは医者や薬局がいいと言った薬を文字通り鵜呑みにして、薬局がダメといった薬を飲む連中をその薬といっしょに侮蔑する。

「俺はインフルエンザだからタミフルで治る。お前は難病で違法薬物じゃないとどうにもならない。だから俺の方がエライ」
さすがに妄想がすぎるとは思いたいですが、社会がそう言っていると聞こえてこないこともないのです。

と感傷的に書きましたが…

これを機に啓発に努めていこうなんて殊勝な心がけが芽生えたわけではありません。それならこんな雑記スペースに書きませんし(^^;)

最初に書いたとおりぼくのはただの資料目的でして、成り行きで「依存症って大変だな→創作のネタに組み込めそうだな」でイマココですからね。

ただ、結果的に知ることができたことと、最近ホットなうつ病や心の病気なんかと結構関連深いところがありまして、遠回しに別角度からそういう方面に理解を深められるものとして、知っておくに越したことはないですよ、と思って、ちょっとそんな文脈でここへ書き出してみたのでした。

後記:調べて分かったこと

特に重要だと思ったことは2つ。

一つは、“麻薬”にあたるものの正体が、漫画に出てきそうな冗談みたいなレベルの、強大で忘れがたい実在する快楽だということ。

しかもこれは、ポケモンに対してFFのハイポーションを使うような威力で、どんな“ひんし”状態からでも体力満タンになるだけでなく、体力ゲージから溢れた分が一時的に他のステータスにまで振り分けられて完全無敵状態になるのです。
この効果は戦闘中3ターンまでで、効果が切れるとステータスは元に戻ります。HPはそのままです。
しかし、この完全無敵状態とポケモンにハイポーションの効果を知ってしまった以降のプレーヤーは、レベルを上げるのもポケモンセンターに行くのも全部バカらしくなって、トレーナー戦もマッピングもそれに頼りきりになるでしょう。やがては手持ちの誰かのHPが1でも削れていたらそれが我慢ならないように思えてくる。そしてその1ポイントを回復するためにわざわざハイポーションを使うようになっていく。常にパーフェクトな完封試合のみを求めるようになっていき、通信対戦でお友だちに恐いと言われてもやめられなくなっていく。

こんな感じのものが、麻薬にある身体的依存というものと対をなす、精神的依存というものだと思います。
冗談みたいですが、自分は大丈夫と思って冗談としてしか受け取らない人ほどこういうのにハマっていきやすいようですね。
「ゲームならいつでもやめられる。いつでもやめられるからもうちょっとやっても大丈夫だ」
いわゆる“廃人”の出来上がっていく過程ともよく似ているわけです。

もう一つは、薬物依存は心の病気にもよく似ているということ。
一つ目の快楽の説明を踏まえれば、もはや心の病気そのものであるとも言えますが、ここでは麻薬の科学的作用そのものである身体的依存も含みます。

特に共通しているのは、いずれも他人の理解を得づらいことと、自分一人では手に余る問題であるということ。またその「理解」について言えば、自分自身ですら正しく理解するのが難しかったり、理解することを拒んだりしてしまったりするという点でもよく似ているようです。

この見解は、ちょっと僕自身が、どちらかといえば心の病気の方と身近な環境で暮らしているために、薬物依存者の精神メカニズムというものを知ったとき、自分がよく知っている抑うつ的な人間の心理と似通っていると思ったことからきています。

実際、快楽に手を出すというのは、心の病気になる前、もしくはなってから、自衛や回避の目的で取られる手段なんじゃないでしょうか。何かに依存して自衛も回避もしない人間がうつ病などになるのであって、途中の選択が異なるだけで始まりや根っこのところは同じなんじゃないでしょうか。ゆえに、根本的な治療の仕方や周囲が持つべき見識も、ほとんど同じなのではないかと。

薬物依存と心の病気の話はダブルスタンダードではないのです。
ということを、最後に言っておきたいですかね。
それはつまり、誰でも当事者になり得るということでもありますから。

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