case.728

映画とお人形ばかりで恐縮です

5月21日【映画録45『殺人の告白』】

※case.728の映画録は、5段落前後でまとめる参考記事を目指しています。
ネタバレするかしないかは各記事の都合によってまちまちですので、しててもしてなくてもご容赦ください。

5月15日 殺人の告白

「お前は俺の広告塔だ」


1.殺人罪の時効といえば、日本では2010年に廃止されたばかりでまだ耳に新しいですね。韓国もしばらく前に15年から25年に拡大されて、今はさらに廃止へ向けて法案が進んでいるとかいないとか(2012年に韓国国会に提出されるような話が出てからその後どうなったのかわからないんですが)。また日本の話ですが、文芸方面では『時効警察』や『白夜行』なんかが公訴時効の絡む作品として思い出されます。いずれにせよ「制限時間内に捕まらなかったら人を殺しても許される」と取れる文法は、「(法的には)」と括弧付きで主張されても度し難いのが人情というもの。これを小説や映画で取り扱うとなると、時効というゴールを前にしたり後にしたりした加害者の緊張やら苦悩やら、また追う側や遺族側の執念に怨念にといった、とにかく人の内面を重視した湿っぽくて毒々しいまたは痛々しい内容になるのが普通だと考えます。時効ではなく少年法ですが『息子のまなざし』なんかは凄かった。しかし、それだけにか、時効を迎えた殺人鬼が開き直ってメディアに出てきちゃったらどうなるか、という、観る側の内にも外にも抉り込んでくるような発想の本作は、実に予想外にしてセンセーショナルな代物。自分にとって鬼が逃げ出すとまで思っている韓国映画でもこれはさらに予想外。この情け容赦のない発想をさて、どう転がしてくれるのかとウキウキしつつ観賞に臨みましたが、さらに予想の斜め上を行くことに、とってもエキサイティングで楽しい映画でした。その無神経さと横暴さがどうしようもなくてステキ☆


2.舞台はまだ時効が15年だった頃の韓国。主人公は頬に傷のある刑事チェ・ヒョング(チョン・ジェヨン)。彼は17年前に連続殺人犯を追っていてすんでのところで取り逃がし、そのまま犯人に時効を迎えられてしまったことであらゆるやる気が失せていた。そんな彼のもとに突如として、件の連続殺人の犯人を名乗る男が犯行についての暴露本を出版する、というニュースが飛び込んでくる。その男イ・ドゥソク(パク・シフ)は遺族への謝罪と罪滅ぼしのために本を書き、印税はすべて遺族に寄付すると宣言。その類まれなる美貌とあまりにショッキングな存在感に、彼はメディアとファンによって完全にスターとして祀り上げられる。しかしそもそも彼が本当に殺人鬼かどうかを示す証拠は自白以外になく、少なくとも本当の目的は贖罪などではないと疑うチェ刑事は、メディアを利用した対決を決意。はたして真犯人はドゥソクか、それとも他の誰かか。復讐を目論み団結する遺族たちと三つ巴の争いを持くり広げながら、物語は思いもよらない方向へ……。


3.行くかと思いきや行きませんでした(暴)。それがそもそも予想外ではありましたが(笑)。しかし期待はずれかというと待ったがかかります。変に期待しすぎるような姿勢でなく普通に観れば、結末は予想通りというか、「ああ、そのパターンね」と感じる類のものだと思えるんですよ、半分までは。しかしもう半分は二重底。まったくマークしてなかった方が一緒にひっくり返ったのには「そっちもか!Σ(っ゜Д゜)っ」と驚かされました。想定外すぎて人によっては“禁じ手”と考える人もいそうですが(ていうのは職業病性の杞憂かな)、僕は単純に面白かったのでこれもアリかなと。というかそこに至るまでの流れや全体の雰囲気がすでに、実はバカ映画スレスレというのが本作。おかげで細かいことがどうでもいい気分になっていたのも確かです。とりあえずあのカーチェイスじゃなさすぎるカーチェイス展開だけでもう雰囲気は諦められるかと。いやいい意味でですよ?


4.いやなんというか、これも予想外だったのですが、この映画って実はとんでもなくあからさまにコミカルなのです。韓国映画といえば、真面目くさっててもどこかとぼけたような描写を挟んできて、時には“笑えない冗談”までもいともたやすくかましてくる強烈なブラックユーモアも孕むシュールさがもはやお家芸だと思ってるのですが、本作は同じ方向性でもちょっと一線を画すくらい存在感のある“シュール”の連続となっています。まあ作品の発想からしてすでに充分“笑えない冗談”なんですが(〈 `∀´〉<時効キタから本出すニダ!)、目で観たときに特に強烈に感じたのは、美貌の殺人鬼がメディアとファンによって祀り上げられ社会現象化していく様子でしたね。いわゆる激しい“マスゴミ”描写がメインを占めるのですが、ただ激しいだけでなく業界人の人間性まで徹底的に否定しまくる有様(マジでワキが不愉快)。もう一周まわってギャグにしか見えない。というかもうこれはギャグだろう。そう思うことに難はないはずなのに、これがまた全っ然笑えないんですよ。コミカルに表現するからこそ強調される異様さ、不気味さにまあ胸の悪くなること悪くなること。アメリカのブラックコメディでもこんなに気分は悪くなりませんよ。ある種のトリップ感覚すら味わえるレベル。そこがまた一周まわって痛快でしかないんですが。


5.結末にあたって複雑なきれいごとを並べないあたりもさすがの韓国映画。と言いたいところですがさすがに投げっぱなしジャーマン、“韓国風”という枠に預けたお片付け意識が過ぎるんじゃないかと思わないでもなかったり。やり切ったからまあ後はいつもどおりでいいや、という空気を感じたと言えばそれは妄想が過ぎると思いますが、いつもどおりにしようとしたことで“殺人鬼の処遇”が蛇足になってしまったような締まりのなさを覚えます。まあ、本当に締まりがないかといえば、あの集合写真で全部どうでもよくなるので徹頭徹尾という意味において間違いなく締まってます。あの画は存在自体がおかしい。そして右端の敬意が気になりすぎてやばいです。何なんでしょうあの手の位置、今までの全部あれのフラグだったんですかどういうことなんですかとりあえずおめでとう('ω')