case.728

映画とお人形ばかりで恐縮です

6月1日【映画録48『共喰い』】

※case.728の映画録は、5段落前後でまとめる参考記事を目指しています。
ネタバレするかしないかは各記事の都合によってまちまちですので、しててもしてなくてもご容赦ください。

5月26日 共喰い

「あの男の血ぃ引くんは、あんた一人で十分ちゃ」


1. セックスはしたいです。僕も体機能にはおそらく異常のない一般的な人間ですからね。誰と?とかどんな?とか余念はいろいろありますが、純粋にセックスそのものについてなら、したくないと言えば嘘になる。言い方が下品ですいませんが、穴があったら入れたくなるんですねきっと。そこを捕まえて、男はただ放ち、失うだけ、女はひたすら吸いあげるもの、なんてモチーフにしてみせてくれる作品は多いです。とある田舎町が舞台の本作も、住民が惰性として垂れ流す“生活”の垂れ流される一つの川を女陰と言い表したりして、最初はそういう作品かなと思っていました。しかし本作は、僕がよく見かけるような“男女の業”の表現の仕方とは一味変わったところにあります。よく見かけるのは突き詰めて“女陰とは?”。本作はそれもありつつ、でもそれ以上に“男根とは?”という問いかけの方がより強く聞こえてくるようでした。


2.《半ばまでのあらすじ》田舎の漁村で生まれ育った遠馬(菅田将暉)の母親は仁子(田中裕子)といって、二次大戦の空襲で片手を失い、戦後に三十も越えてもらい手がいなかったところを、ひとまわり年下の円(光石研)と出会って結婚しました。この円が遠馬の父親です。仁子は遠馬を生んでじきに二人目を妊娠しましたが、その体で家を出てその子を堕ろします。家を出た理由は、円がセックスのときに殴るから。歳を経るにつれて父親似の性欲旺盛な少年に育ってきた遠馬は、街からは出ずに近所に魚屋を開いていた母親の仁子から、じきにお前も父親のようなセックスをし始める、お前はあの男の血を引く子供だから、と言い聞かされていました。自分は父親のようにはならないと、恋人の千種(木下美咲)とは相手を思いやるようなセックスを心がける遠馬。しかしある時、イラついていた遠馬は、千種とのセックスの途中で思わず彼女の首を絞めてしまいます。円の愛人・琴子(篠原友希子)が妊娠していました。女にだらしない父にできた三人目の子供。遠馬が17の夏の出来事……。


3. その“男根とは?”というのが、男尊や巨根崇拝的な何かでないことはあらかじめ断っておきます。別に女性と対比させた時の“男根とは?”だけを扱っていたわけではないからです(そっちも並んではいます)。男性の側から“男根”というものを自分の一器官として捉えたときに思わされるあれこれ。個人差はあるでしょうが、概ね思春期および青年期を体感した男性ならおぼえのあることばかりかもしれません。それは、自分自身が性行のためだけに存在しているかのような感覚だったり、性欲というものに支配された時、自分の中枢が脳ではなく下腹部にあるような感覚だったり。僕自身の感覚の一つをぶっちゃければ、なけりゃいいのにとか取り外し自由ならいいのに、と感じる時さえあります(※交換はしなくていいです)。たとえばこういった思考を通すことで、心臓や肺と同等であって自分の一器官でしかないはずのものに対して特別な疑問を抱くのでしょう、「何なんだオマエは。何様のつもりだ」と。伸び悩むスポーツ選手なら心臓や肺にも同じ疑問を抱くのかもしれませんが、男根は少なくとも男なら誰でも簡単にそのきっかけを持てるものだと考えます。


4. あまり偉そうな評論としてここで述べるつもりはありません。本作は映像の上ではわりとあからさまに“男根”を象徴するような表現にあふれているからです。物語の中心となる“川”は常に女陰の象徴として台詞でまで表現されいますが、その川で釣りをするシーンが度々登場します。もちろん釣りには“竿”を使うわけです。さらにウナギ釣りですから使う釣り針は細くて長い“釘針”。ていうか“ウナギ”がすでにあからさまですね。他にもミミズ、カタツムリ。仁子さんが魚をさばくのに使っている特注の義手ですら、形から“突き刺さる”という動作まで含めて象徴と見て取れます。よくよく思い返すと笑ってしまうくらい男根だらけ。純文学映画のわりにはわかりやすい作りをしています。にもかかわらず映像表現が安っぽくなくてなかなかストイックなのは単純にすごいと感じたところ。


5.“女性”との対比も並び立っていると書きましたが、“女陰”のモチーフの方は最終的にすべて“川”に集約されています。男性的なモチーフで溢れていながら、そのすべてが“川”に関連してもいる。ウナギは“川”で生まれ、“川”で釣られる。ミミズやカタツムリをすこやかにする土壌は“川”が育む。流れ込むものはモチーフやメタファーと言えるものだけではなく、生活汚水や生物の死骸をまでも含む。当然風呂場で出した精液もまた“川”へ*1。生きものが生まれ、その生涯と共に帰る先として、すべてを飲み込む“川”。序盤に言葉で明確に提示されながら、ミスリードなどではなく一貫した核として述べられるこのモチーフを通し、本作は対比的な意味での“男女の業”にも回りまわって帰結しているのでした。

*1:タンパク質は42度以上の熱で変性する。固まった精液をお風呂の排水溝に詰まらせてそれを母親に注意されたという赤っ恥談は、とある友人の定番ネタ。よい子のみんなは気を付けよう!