case.728

映画とお人形ばかりで恐縮です

生命濃縮論と映画再見録『息子のまなざし』

今も昔も

わりとずっと幼い頃から

自分にとってこの上もない猛毒とは

己の腹の底から湧き上がる❝瞋恚(しんい)❞なのです。

怒りや憎しみのことですよ。

 

そもそも僕の本性といえば野蛮な戦闘民族ですから

三度の飯より復讐が好き。

売られた喧嘩に自動入札。

逃げるヘビと地の底までマングース

山姥みたいな気性がDNAの二重螺旋の内側にまでよく沁みてるし、

事実、子供の頃は常時マングースだったけれど

思春期が来てから今もそういう自分が一番嫌いで、

そんなふうに自分を喜ばせることを、死にもの狂いで拒絶している。

やさしさを尊び、

赦しを崇拝し、

人の良心を信仰。

怒りと闘い、

憎しみと睨み合い、

恨みを圧殺しようとして、

 

それでも、絶えず煮えくり返るはらわたは、後から後から煮え湯を脳に注ぐ。

 

このところは一人の男への失望。かつてはブラザーとさえ呼んだ者への幻滅は、裏切りという心象を拭えずに、胃の腑の底でふた月ばかりダラダラと燻煙を上げている。

いぶされマングースは檻の中。もちろん暴れている。

鍵は開けない。それは絶対。死んでも開けない。

だから檻が壊れもしないよう、僕は目を離さない。まばたきもせずに燻煙の中にいる。怨嗟のCOと赤血球の駆け引き。喘ぐほど煙たい。

燃えているのは僕の胃。

 

瞋恚は毒。これを最初に知ったのは貴志祐介の小説でしたっけ。*1

 

日常生活でも仕事中でも、ルーチン的なことをしていたり疲れたりしてくるたびにつくづく憎悪が頭の中にしみ出てきます。それこそ暇さえあればというレベル。

 

赦しの構えはできていました。素手で火をもみ消す心の準備。

しかし、準備ができてる状態で2ヶ月の放置プレイ。

結局あの男の本性を考えれば、なんかもう面倒くさくなったんじゃないかとか、下世話でとんちんかんな邪推で自分を励ましてるんじゃないかとか、時間がたつにつれてこちらの邪推が募る一方。ますます盛るマングース

そもそも人間不信の気はあるけれど、今おそらく最高潮。

もうあの男とかかわりのないところですら、人間関係の課題に対して何の気力も湧かなくなってきました。

そもそもですよ、気に入らない後輩がプライベートで痛々しい動画配信しているのをわざわざ追いかけていって、人の耳に聞こえるところでダラダラ愚痴をこぼす輩を、どうして僕は信用できるなんて思ってしまったのか。自分にとって心地いいかどうかで人を判断する人間を。ねえ?

実力が評価されるべきではあっても、図に乗っていいなんて誰が言ったの?実力のない人間を見下していいなんて誰が言ったの?

右手が貢献してれば左手で誰かに寄りかかっててもいいって?

自作が読まれなくて当たり前?読んだ人間の時間を必ず奪うのにそれが誠実?

顔が見えないと気を使うってお前、だいいち気の使い方が毛ほどもなっちゃいない。気を使わせるの間違いだろう?もとい、気は使うものじゃなくて使ってもらうものだ。あえて使う側に立ち返れば、相手が気を使いやすいように気を使う、そうあるべきじゃないのか。気を使うお前が全てか。

そんな考え方だからわが身の可愛さと傲慢さがいつまでたっても透けて見える。人にした説教を自分には適用しない。義理立てはいつだって自分しか見ちゃいない。最近映画で観たね、そんな主人公。タイトルは『フィルス』。日本語でクズの意。

 

檻の隙間からマングースの手。

煤けた汚い爪。破傷風菌とかいそう。まだまだ、こんなもんじゃないんだぜ?

なのに、この爪を中から叩き落とすのさえもう疲れてきた。そう、疲れてきたわけです。もう、へこたれてきました。

いくら心を強く持とうと、ブッダにはなれません。キリストにはなれません。

二ヶ月は沸騰しっぱなしは無理。限界。

というか無駄!寝ても覚めても嫌な人間のことを考えてるなんて!時間も体力も精神力も。機会を活用できなければ人生は死んでいく!

 

しかし、それでも全身マングースはごめんこうむります。

そもそも怒りの対象が原因で自分が自分の一番嫌いな姿になるなんて、それこそ腹立たしいでしょう。行き着く先が自己嫌悪なんて最悪中の最悪。

 

あの良心はもういい。信仰する良心は人の数だけあります。

やさしさはもういい。二ヶ月も待ちました。

赦しももういいです。赦さない。赦しません。もういい。

赦さないまま、この現実を固定して、マングースを氷漬けにして、それで終了。アイスノンをたたきつけて鎮火する。

煤もそのまま。マングースも冷凍保存。液体窒素アイスノンで。

 

アイスノン?

アイスノンは何か。

アイスノンになりうるもの、噛めない現実を丸ごと飲み込むための秘訣か秘策か必殺技か。

 

もしくは傑作。

 

赦しではなくも、受け入れる結末。

怒りは冷え込み、虚しさのうちで力は衰え、

それでも生きていくのだから、寄り添うように受け入れる。

そういう物語を、幸い知っていて、ちゃんと手元にもありました。

 

あまりに馬鹿馬鹿しく長ったらしい前置きになりましたが、そんな感じで、

誰かをどうしても許せないとき、憎しみで気が狂いそうな自分に気がついたとき、

怒りで貴重な人生を食いつぶし、こんな夜更かしをする前に、

約100分間、食い入るように観賞してみてはどうでしょう。

 

たぶん、観終わって、晴れやかな気持ちにはなれないでしょう。

しかし、どうしようもない現実をまるごと受け入れることができて、

それが前へ進むことへ繋がるかもしれない。

涙を呑むのではなく、臍を噛むのでもなく、深く呼吸をして命を濃くするために。

 

作品の名前は『息子のまなざし』。

憎しみに始まる激情の中で、人はどのように生きるのか。もとい、生きられるのか。

はたしてその問いに、永久に応えうる理屈はあるのか。

ダルデンヌ兄弟監督作、個人的には最高傑作です。

 

息子のまなざし [DVD]

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*1:『青の炎』角川文庫