case.728

映画とお人形ばかりで恐縮です

映画録77『アメリカン・ハッスル』

(ネタバレに当たりそうなもの、本日は無し)

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自分に嘘をつかずに生きることほど難しいこともない。

わかっている人は今さら何をとばかりによくわかっているでしょうし、無自覚な人も適当な理由で(さほど無理矢理でなくとも)自分を納得させた経験に心当たりはないでしょうか。その自分を納得させ落ち着かせたときの理由の中に、「そうであってほしいから」が含まれなかったことがどれほどあったでしょう。

はたして、それが一番の理由でなかったと完璧な自信を持って言えることは?

証拠がなくても論理に破綻がなければ、それが一番の理由になり得る?

論理の正当性を気にかけたのはなぜ?

破綻がないことそのものについて「そうであってほしい」と願いもしなかったか。

破綻がないことに何よりも安堵しなかった?再び破綻がないことを問われてギクリとしない?

 

人は信じたいものを信じるし、

一方で、信じたいという心そのものを捏造することもあります。

誰だって己の正当性を信じたい、信じたいと思うこと自体を素晴らしいもののように説くこともあるでしょう。

疑うことを罪だと言って疑わないこともあれば、一度抱えた疑いについて追及しなくてはという闇雲な使命感に正当性を望んだりもする。

たとえば、厚意でしたことは間違いなく厚意からであってほしいし、結局人の支えとなろうとする行為を甘やかしだなんて思いたくはない。けれど、結論を後悔のかたちで受け止めるべきではないか、と自問してもしまう。誰のための厚意だった?間違いなく己のためでもありつつ、だが彼のためではあっただろうか。心からそう信じていた?

自分に正直に生きることの真の有様とはいかなるものか。正直な自分とはどの自分か。

自分に嘘をついてしまう自分もまた一つの❝正直な自分❞ではないのか――としたら、

真に重要なのはいったい何なのでしょうか。

 

自分に正直に生きるって素晴らしいし、自分に嘘をつくのはやめた方がいい、なんて型にはまった陳腐なお説教がしたいわけではないからこんなことを問うし、

みんながしている苦労だから諦めて目を背けなきゃならない、なんて毒にも薬にもならないことを言って愚痴を晒したいわけでもない。それが人それぞれにとっての重石であることを何より肯定していきたい。

 

重要なのは、その嘘で幸せになれるかどうか。

もとい、その嘘でどれほどの幸福を拾えるかどうか。

というのはどうでしょう?

 

100の不幸の中から1の幸福を拾い出す、そんな人生のために自分に嘘をついている人もいるでしょう。

正直になることで100の幸せが手に入るとしたら?そうあってほしいから己が正直であると主張して100の不幸から目を逸らして0.1しかない幸福を70くらいに思い込むこともやってのける。

いいじゃん、それで。そのくらいにしておけばいいじゃん。

濃縮700倍、結構すごいよ?

けれど実際70で事足りる人間なんてそういない。誰しも100万くらいポンと欲しい。

濃縮1000万倍は現実的じゃないから元手を増やそうと躍起になる。

躍起になってるのは正直だけれど、本当に100万も欲しいかどうか。実は50くらいでもう使い切れないんじゃないか。

それなら使い切ることが幸福か、有り余るものに囲まれることが幸せか。

人が最後に選択するのはきっとそれなのです。そしてしかし、その選択が嘘でないかは、きっと自分でも神様でもわからない。

僕らはどこまで幸せになれるでしょうか。そのことに嘘の人生か正直者かはあまり関係ない気もする。

 

アメリカン・ハッスル』は嘘つきたちの映画。

つきたいから嘘をついて、つけないのに嘘をついて、つかざるを得ないから嘘をついて、正直に嘘をついて、そして何かが正直になっていく話。

詐欺師とFBIとマフィアの三つ巴(プラス人妻の四つ巴?)の駆け引きがエキサイティングな作品でもあるけれど、同時に各々の立場から自分に嘘をつくことの意味を考えさせてくれる作品でもあります。

真の意味での悪役はいないでしょう。みんな少しずつかわいそうで、みんなどうしようもなくて、それがどうしてこんなに面白いのか。

理由は、彼らが生え抜きの❝正直者❞だからなのだろうと思いました。

 

策謀だけでなく、野心に燃える人間同士の感情も悲喜こもごもまで錯綜する。そんな込み入っていてわりかしセンチメンタルな脚本に唸ってみたい人に、手放しでオススメの一本です。

 

 


映画『アメリカン・ハッスル』予告編 - YouTube

作品情報『アメリカン・ハッスル

原題:American Hustle
2013年/アメリカ/138分/映倫:G
監督デビッド・O・ラッセル
製作:チャールズ・ローベン、リチャード・サックル、ミーガン・エリソン
製作総指揮:ジョナサン・ゴードン、マシュー・バドマン、ブラッドリー・クーパー、エリック・ウォーレン・シンガー、ジョージ・パーラ
脚本:エリック・ウォーレン・シンガー、デビッド・O・ラッセル
キャスト:クリスチャン・ベールブラッドリー・クーパー、ジェレミー・レナー、エイミー・アダムスジェニファー・ローレンス、ルイス・C・K、マイケル・ペーニャ、シェー・ウィガム、アレッサンドロ・ニボラ、エリザベス・ローム、ポール・ハーマン、サイード・タグマウイ、ジャック・ヒューストン、ロバート・デ・ニーロ

(あらすじ)79年、ラスべガスやマイアミに続くカジノタウンとして開発中のニュージャージー州アトランティックシティ。詐欺師のローゼンフェルドを逮捕したFBI捜査官のディマーソは、司法取引でローゼンフェルドを捜査に協力させ、偽のアラブの大富豪をエサにした巧妙なおとり捜査によって、カジノの利権に絡んだ大物汚職政治家たちを逮捕していく。(映画.comより)