読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

case.728

映画とお人形ばかりで恐縮です

映画録78『ナイトクローラー』

映画


映画『ナイトクローラー』予告編

久々にこのカテゴリでまっとうな更新。ついに!

そもそもテンプレートを意識せずエッセイ風に書くなんて大それたことをなそうとするから毎度何書こうか悩んでるうちに時間がたちすぎてしまうんだとわかっていながら今まで変えようとしてこなかった七津です。いや食傷は事実だったし、何のために書くのかはいまだによくわからないまま。忘備録としてもお役御免。でも書きたい感想まで書かずに後悔するのはもうやめたい。書きかけの下書きばかり溜まるのだって悪いことじゃないんだし。

ヨーソロー。まずはテンプレート、んの前にコンセプトから決めちゃる。とにかく「映画紹介記事」だ。週末観る映画選びに失敗したくないあなたに捧ぐ、みたいな。だからあらすじと簡単な製作情報。誰がいつどこで何する映画で、映画自体は誰がいつどこで作ったのか、的な。それから感想。いいとこと悪いとこ。誰におすすめなのか。あなたにおすすめなのか?というのを以前の5段落形式に当てはめてテンプレート化。セイ!

  1. あらすじ
  2. 映画情報
  3. 見どころ、好きなところ
  4. 微妙どころ、文句
  5. まとめ、オススメ理由

こんな感じ。こんな感じか?有意性とか考えてないけどやってやれ!

あ、もちろんネタバレはあります。必要量だけど結末が分かるようなことを書いていたりします。でもいろいろわかってて観るのも悪くないかな、この作品なら。

 

ナイトクローラー

f:id:nanatsuhachi:20160306234303p:plain

あらすじ

 ロサンゼルス在住のルイスは盗みで生計を立てる以外は日がな一日引きこもってネット見てるような無職の青年。単なるニートかと思いきや、就職への意欲と就活生に必須みたいな知識のお勉強はえらいことバッチリ。学費がかからなければネットスクールにだって通う。ただ真っ当な学歴のない彼を誰もまともに雇おうとはしないだけ。

 そんな彼がある晩、ハイウェイで事故の現場に出くわす。交通事故現場に人間がいるとしたら、怪我人、救助隊、消防隊、警官、あとは野次馬。しかし変なのが目に入る。ビデオカメラと思しき機材を抱え、救助活動中の救助隊員にくっついて迷惑スレスレの距離から彼らを撮影をしている男。救急車を見送って自身も撤収し始めたその男にルイスは近寄って聞いてみた。「そのビデオどうするの?」「テレビ局に売りに行くんだ」事故の新鮮な現場映像を撮影して持っていけば、報道番組が買い取ってくれる。いわゆるフリーランス、パパラッチという自由業。ある意味ビデオカメラさえあればその場で始められる仕事だと気付いたルイスは、ネット知識を駆使した警察無線の傍受も取り合わせることで手っ取り早く“猿まね”を開始する。

 最初の機材はちんけなハンディカム。さじ加減もわからず救助隊員や警官らにどやされ追い返されることもしばしば。しかしとある朝のニュースの番組監督ニーナと出会い、過激な映像を積極的に求めるセンスの良さを彼女に褒められ、報酬と同時に「自分の撮った映像が実際にテレビで流れる」という一つの“実現”を得たことで、彼は天職を発見した。それは彼にとって、何を犠牲にしても、また何が犠牲になろうともまるで問題にならないように思えるほどの、夢にまで見た“実現”だった。

 

f:id:nanatsuhachi:20160306234300p:plain

この映画

 2014年のアメリカ映画。事故報道専門のパパラッチ業に狂気的なのめり込み方をしていく青年の姿を描いたサスペンススリラー、という触れ込みの予告を見て気になっていた、もとい、七津の棲む地域では放映しませんとかのたまうボンクラシネマズに歯がゆい思いをしながらTSUTAYAでのレンタル開始を心待ちにしていた作品。

 ボーンシリーズ観てないから監督はボーンレガシーの脚本やってた人だって言われてもわからないけれど、親父さんがピュリッツァー賞の人でお兄ちゃんがボーンシリーズのメイン脚本家でレガシーの監督で自分は監督やるのも脚本一人でやるのもこれが初めてらしい。

 知ってたのは主演=ルイス役のジェイク・ギレンホール。ほとんどジェイク一色の映画だけどジェイク自体の色が知ってるのと全然違うってやつ。ジェイクの色ったってはっきり記憶にあるのは『プリズナーズ』ときのだけ(『デイ・アフター・トゥモロー』のサム(息子)かよ!一応ダブル主人公的な片割れだったはずだけどうろ覚え。)なんだけど、少なくともあのときの若き正義の番犬じみた熱血イケメーソン刑事の面影はどこにもない。三白眼気味で白目が大きく見える目と太い眉が特徴的で印象的なのは変わらないけれど、今作のジェイクはその特徴までいい意味で悪い方に振り切れたような顔してる。チャームポイントだったはずのギョロ目がただキモイもん。2006年には最もセクシーな独身男性の一人だった男には到底見えねえです。いかにもヒッキー・ギレンホール。職にありつけないでいるうちにどんどん心が荒んでいった現代の若者が、一度爆進しはじめたらどうなるかを演じちゃう。

 

f:id:nanatsuhachi:20160306234302p:plain

見どころ

 見どころは脚本的な点でも多すぎてもう頭がフットーしそうなわけだが、徹頭徹尾視線をくぎ付けにしてくるのがジェイクだからやはりジェイク一色の映画だといっても過言じゃあない。ただし、ジェイクがすごいより先にまず、彼の演じる新鋭パパラッチ・ルイスのキャラクターがすンばらしくエグいのであって、そんなキャラを演じ切ったからこそのジェイクすごいであって、演じたキャラがそもそもやばい。

 このルイス・ブルームというキャラクターは、ひとことで表すなら「スーパー就活生」だ。

 まあその根本的なところはひとまず置いといて、表面的にやることなすことからしてルイスはすでにエグいキャラ。パパラッチ以前から鋼材泥棒で生計を立ててきた点からして法規意識薄々なのはお墨付き。パパラッチとして駆け出してからも警察無線の傍受窃用*1が当然のように初期装備。事件発生と聞けばスピード違反で駆けつけ、血みどろの負傷者に臆さずレンズを向け、「いい画」のためなら不法侵入も辞さない。仕事に脂が乗ってくる頃には死体を動かし事故現場を“編集”し始め、雇った助手は甘言と低賃金で容赦なくこき使い、果てはクライアント(番組監督のニーナ)を脅して金と自社の宣伝のみならず性交渉まで求める始末。

 こんだけクソ野郎であるにもかかわらずルイスくん、口を開けば至極もっともらしいことをまくし立てて相手を丸め込もうとする。外見上はまさにクズオブクズ、タチの悪さでいえば映画史上一だと感想のたまったうちの弟クンにもまるきり共感できるのだけど、そう決めつける前に、七津はこのルイスくんのキャラクター、特に「もっともらしいことを口にしているときの彼」には興味深い既視感があった。それはこうだ。

「……こいつ、まるきり“醜活生”みたいなこと言ってんな」

 “醜活生”とは。いわずもがな“就活生”のもじりだけども、その中でも特に「マズい就活」を繰り返している連中のことを指す、のではなく、七津的にはどちらかといえば「知識と理論武装は完璧なのにいつまでも実行が伴わない(就活掲示板なんかでよく見かける)連中」のことを指す。連中は実際、少なくとも周りに合わせてなんとなく就活やってるテキトーな有象無象どもよりもはるかにしっかりとした就職のための知識や理論を備えていて、中には社会人としての心構えまで論理的で完璧という輩も少なくない。にもかかわらず連中は、コミュ障やら出不精やら、ことによっては学歴やらのせいで、「~と頭ではわかっちゃいるんだが」というステータスへ慢性的に陥っている。もはや就職の意志があるからこそギリギリニートには陥っていないに過ぎない。だからこその“醜活生”。

 こんな現代の彼らについて最もえげつない事実は、知識の上でではあるが労働の価値についてまで理解と一家言ある者も多いことと、そういったことのための知識の大半を日がな一日ネットに張り付くことで得ているということ。できることが採用を得ることではなく、その膨大な既出の知識を承知し理解し装備しているという“醜態”をネットへ還元することだけだというのは、連中にとって究極の皮肉になり得る。ルイスにはネットで発信している様子こそないが、彼が口にする「もっともらしいこと」は、この“醜活生”たちが掲示板で“醜態”として自信たっぷりでさらしている知識や理論とまったくもってクリソツだ。

 しかしながら、“醜活生”のようなことを口にしながらルイスは“醜活生”じゃない。いや最終的に行ったのは起業だから「“飢業家”ではない」とでもいうべきかもしれないが、まあその点は置いておくとして。とにかく、彼は天職を見つけたことによって“醜活”を脱したに過ぎない“脱醜活生”だろうと思う人もいるだろうが、そいつは違う。“醜活生”はそもそも天職を見つけられないし、たとえ見つけたとしてもそれへ食らいつくだけの行動力があったらそれは最初から“醜活生”などになっちゃいない。というか“醜活生”ほど軟弱であれば盗みで生計を立てていた頃からテレビもネットもアイロンもあるアパート暮らしを維持できているわけがない。ルイスは最初から潜在的に“醜活生”ではなかったということになる。ここがルイスというキャラクターの中で七津がいっちゃんえげつないと感じた点なのだ。

 “醜活生”が一番欲しいものは何か。採用?起業?それもそうだろうがその実現のために欲しいもの。というか連中はこれだけは口にしないがきっと頭ではわかっている。自分たちのそのクソほど完璧に鍛え上げた理論を実行へ変えるためには、化け物じみたやる気と行動力とが必要だと。

 ルイスの知識はネットのものだ。ルイス程度の知識と心構えならネットの受け売りで全部手に入る。“醜活生”たちがネットに書き込んでいることと就活セミナーや起業フォーラムで耳にタコができるほど聞かされる“お決まり”の話とは実際そんなに変わりはない。それが今の世の中の実態だ。だからこそ純粋に意志と行動力とが試される。ルイスはやる気の奴隷、自己実現に取りつかれた“自己愛の狂信者”。そしてそれを実行に反映できる“行動力の怪物”だ。はっきり言って、ただ就職するだけならこんな化け物でなくてもできる。にもかかわらず、今日のネット社会が提示してくれる“誰もが持てる最強装備”とやらは、持つ者がこれほどまで人間味を描いた化け物になって初めて遺憾なく性能を発揮できるような代物だというわけだ。

 つまりこの話、「立派な人間になるのにはモンスターになるのが正解だ」と言っているようなもの。無茶苦茶な話だけど、そいつを目を背けがたい現実味をもって突きつけてきやがるルイスというキャラクターは本当にえげつない。こいつの中身はなにしろ現代の世相の一つともいえる「ネットに張りついている若者」というものを的確に反映させた、非常に貴重な存在なのだから。

 

f:id:nanatsuhachi:20160306234307p:plain

微妙どころや文句※注意点

 微妙なとこなんて本作にはございません。ほんとに見つかんない。脚本の方まで噛めば噛むほどエキサイティングで隙がない。だからこの項をしいて埋めるなら注意になる。

 断っておくけど七津はネットが悪いだなんてサナダムシの頭ほども思っていない。ていうか世間はいい加減「引きこもり」や「オタク」から連想するあのコミックリリーフでデフォルメチックなオモチャじみた雑な危機感から目を覚ますべきだ。同じような話を繰り返すけれど、就職セミナーなんかとネットで手に入る情報とは、教科書的な知識の面ではとっくに遜色なくなっている。今やネットを教科書として扱うのが当然の時代であり、ネットに張りついている若者は野心的で勉強熱心な若者であり得る。本作はまずその可能性を全面的に肯定するところから始まる、非常に現代的なサクセスストーリーなのだ。なのでおそらくどこを取っても胸糞悪いことだらけだが、本当に誠実な精神でこんな大人になっちゃいけないとだけ子供に向かって言っちゃっていいのだろうか。

 また、ネットネットというがネットにあるのはただの知識だ。もし世の中にネットが存在しなくても、同様の知識はビジネス書やセミナーやインターンシップの場で手に入るし、知識を手に入れることは何の抵抗もなく推奨されるでしょう。ネットには間違った知識もあふれているが、この場で問題にし続けているのは徹頭徹尾「正しい知識」の方。就職・起業に利用価値のある「正しい知識」や「正しい心構え」はどこで手に入れても同じはず。同じでないなら一方が「間違った知識」であるだけのこと。“醜活生”たちの完璧な理論武装はもちろん「正しい知識」のみで構成されている。ルイスもそうだ。就職・企業のための「正しい知識」を全力でふるっているに過ぎない。彼が口にする「もっともらしいこと」を初めとして、本作がサクセスストーリーとなるにあたって足掛かりとなったものすべての正体は、現代の子供たちが社会から獲得を推奨されている「正しい知識」そのものだというわけだ。だからやっぱり胸糞悪いが、受け止めずにいてはいけないだろう、少なくともこれから社会人になろうという子どもを持つ親御さんや、これから親になろうって人々は。

 一つ、七津から気休めを言うならば、人生の成功の形は一つじゃないということ。ただし、かといって多くの場合、子どもの人生を親が勝手に選ぶことはできない。親が嫌がっても子どもはルイスのような成功の形を選ぶかもしれない。そうなったときには認めないわけにはいかないだろう。まあいつの世も覚悟は必要だが、正しく覚悟するためには知っておかなくては。

 

f:id:nanatsuhachi:20160306234308p:plain

まとめとおススメ先

 ルイスの真の目的が“自己実現”だっていうのもかなりえげつないよね。自己実現。現代じゃ旗振り役の連中が口をそろえて唱えてるのを誰もが知ってるだろう。その自己実現。ルイスは金やらセックスやらと他人に要求することは俗っぽいけれど、それもこれも“報酬”を得ることで自分が正当に評価されてるって実感を得るための手段でしかない。そしてパパラッチが天職たり得た理由は、「自分の撮った映像がテレビで流れるってすごくね?」というめちゃくちゃ短絡的なものなのだけれど、とにかく“自己実現”がダイレクトに実感できるっていうことはとても大切なことだったわけだ。

 少なくともルイスにお金そのものへの執着がないことは、稼いだお金を仕事のための投資へ回すことについてまるで躊躇がない様子からもわかる。撮影機材はもちろんのこと、現場へいち早く駆け付けるためのスーパーカー、取引相手と会うための高価なスーツには惜しみなくお金を使っている。そのくせルイスの私生活に目を向けると、盗みで生計を立てていた頃とほとんど変わっていないことに気がつく。贅沢することには興味がない。自己実現欲求だけの奴隷、もとい、自己実現の体現者。スーパーストイックマン。倫理的にはいくらでも彼を責められるが、起業家としての彼にはまるで隙がない。かのウォール街のオオカミとはある意味真逆の性質を有していて、自己実現を志す現代人たちの手本にさえなり得るタチの悪さを持っている(だからこそ痛快なのでもある。彼は、我々が雲の上の人を見たときに思う「こんなふうにできれば」ではなく、誰しも頭の中にいつもあってとうに理解さえしているのに何らかのしがらみによって行く手を阻まれている「こうやってしまえばいいのに」を、ただ躊躇なく実行しているに過ぎないのだ)。どちらかといえばルイスは『マージン・コール』に出てくる銀行のCEOによく似ているだろう。あのCEOも金のことしか頭になかったがそれは金を増やすことが“実現”である銀行という場にいるからであり、傑物としての性質は変わらない。つまりルイスは大手投資銀行のCEOに匹敵するカリスマの器だったというわけさ。わあお。

 そんなわけで本作は、ちょうどこれから就活って若者たちに見せていいものか悪いものかは七津では悩むところだが、彼らの就活や起業やなんかに関わろうとしている人々にはぜひ一度観てもらいたい。それから人の親だ。ルイスのプロフィールをいいことに学歴を逃げ道にしても意味がない。だって上を見ればキリがないし、向上心はそう簡単に否定していいものじゃない。現代における“自己実現”は敵か味方か。そんなことをちょっと考えてみれる機会は、たぶん本作を観終えた後くらいの貴重なものだと七津は思うのよ。

 まあそうでなくても本作は、ギークやナードに対するおちゃらけた先入観もとい脚本家の妄想でできた数ある作品どもとは一線を画して、本当に正しい意味で2010年代を代表できて映画史上に意義をなせる作品の一つでもあることは間違いない。さらに憎いことには何も考えずに観たってめちゃおもしろいんだこれが。胸糞悪い内容だから万人におススメとはいかないけれど、今面白い映画は何かって聞かれたら、七津はまずこいつで頭いっぱいになるよ。

 

f:id:nanatsuhachi:20160306234306p:plain

 

ナイトクローラー [Blu-ray]

ナイトクローラー [Blu-ray]

 

 

うん。書けるな、まだ。書ける作品なら書ける。久しぶりに“残る”作品に出会えたからこそ書けたんだけどな。まあこんな調子でよさそうだ。うん。

*1:電波法を勘違いしている人間が多いが積極的受信(=傍受)でも受信しただけでは罪にならない。ただし受信して得た情報を自己あるいは他者の利益のために利用(窃用)した時点でそれは傍受でなく盗聴、すなわち犯罪になる。肖像権の侵害もこれと似たような話で、よく聞く一般知識の方がボロクソだね。