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case.728

映画とお人形ばかりで恐縮です

『討鬼伝2体験版』感想:気が付けばオープンワールド考

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 討鬼伝2体験版で触れてみたけど、おとなしくトリコ待つわね(予約済み)。真面目に不満点ならべてもいいけど、実のところそんなもんは些末な話で、結局はひたすら水が合ってないだけのような感じ。ゲームの内容にもストーリーにもキャラクターにもプレイングにも興味を持てなかったし。でもゲーム自体の瑕疵が原因ってわけじゃあなさそうだし。肌に合うかどうかの次元であって、ただまんべんなく致命的に不適合。まあ初めから分かってた気もするけど。ただ攻撃することだけ考えていれば生存する意識も鋭敏な殺意も必要とせずに進めるゲーム。個人であることを主張しない主人公。無邪気で屈託のない心強い仲間たち。うーん、別にいいデス。スマホ持ってシカゴの街に帰ろう( ー”ー)

 

 あーでも一つだけ。

 討鬼伝2をダシに使って言うと、現代増えてきたオープンワールドゲームに改めて見出されるその本質ってのは、「シームレスで広大なフィールド」にあるんじゃなくて、そのフィールド上に「やれること」が「豊富に」「落ちている(設置されている)」(もしくはプレイヤーがそれらを「持ち歩いている」)ことにあるんじゃなかろうか。いわばゲーム内ワールドからプレイヤーに向けられたオープン性というか。*1

 正直「シームレス」なんて極論「ロードがないだけ」に過ぎないし(実際はそれが大きいことだったりもするが)、「フィールドが広い」だけでいいなら『ワンダと巨像』がすでに「シームレス」もクリアしたオープンワールドと言えてしまう。ただっぴろいフィールド上でやれることが豊富にあるという点では『時のオカリナ』が及第点で、正直『討鬼伝2』は『聖剣伝説4』と大差がないようにも思える。依頼に共同作戦にとイベントが「落ちている」かのような演出はあるものの、結局はアイテム探しのお使いも含めて見敵必殺の繰り返し。鬼の手……ツタ……。

 また、「シームレス」の“条件”の方は果たして「ロードがないこと」ですべてだろうか。街では装備を替えられるが攻撃等のアクションコマンドはほぼ受け付けない。逆にフィールド上では装備を替えられないし素材やアイテムを使ってすることも特になくやはり見敵必殺の繰り返し。拠点と外野でこうもあからさまに“区分け”がされているのをまだ「シームレス」と呼んで「セパレート」と言わない気分でいられるかといえば、だ。もちろん「拠点で態勢を整えて外野へ赴く」仕様だけなら、確か『ダイイングライト』もそうだったはずだが……まあ比較するにはちょっといろんなところで差がありすぎるか。いや、拠点にいる時間と外にいる時間の体感的な差に注目したかったんだが。

 いずれにせよ討鬼伝2のオープンワールドゲームとしての体感はただの「ロードがないゲーム」。だからって悲観することもないんだが、オープンワールドであることを売りにするには頼りなさすぎるだろう。拠点と外野のセパレート感といい、おそらく開発者側がオープンワールドというものにあまり馴染めていない。形だけ真似てはみたものの、結局は従来型RPGの拠点&フィールド方式から抜け出せていない、といったところか。

 まあしかし、ただのRPGとして見たときロードがないのはやはり大きいですよ。いやこれは本当。単純。広いフィールドを進むのも楽しいといや楽しいし、広さが苦にならないための移動法もあるし、エネミーの縄張りが不明瞭なおかげで無双ゲーでもないのに囲まれるような事態にも遭遇できるしと、オープンワールドじみたフィールドに対してゲーム的な最適化が全く図られていないわけでもない。結局のところオープンワールドとしてどうかは置いておいて、他のところで趣味に合えばそう不満も持たずに楽しめるゲームだと思う。チビキャラが山ちゃんであることの存在感も偉大。

 

 あらー、一つだけって言ったとたん長くなったわねえ。すごい久しぶりの更新で書きたいことも溜まりまくってたしとりあえずドール記事にしようと思いつつ先に余談で書き添えるだけのつもりだったんだけど、これもうここで切っちゃった方がいいわ。レビューと呼ぶには不親切だし中身偏りすぎなんだけど。最初でダシにして書くとまで言ってるしな(;ーωー)

 


『Horizon Zero Dawn』 E3 2015トレーラー(日本語吹替版)

*1:その延長線上の彼方にはゲーム内に「社会」が構築されているかどうかが争点になるのかもしれないが、それは数段上の次元の話としてここじゃ触れずにおく。